#79 芸術論争は続く
講堂後列で、俺たちの芸術論争は止まらなかった。
貴満が腕を組み、咳払いをひとつ。
「よろしいですか、皆さん。
芸術に必要なのは“理念”です。作品に込められた思想こそ、本質です」
皓が鼻で笑う。
「違うね!必要なのは“インパクト”だ。殴られたみてぇに心に残れば勝ちだろ?」
「いや…陶酔感だ」陶之介がぽつり。
「観客を飲み込む闇の静寂――それが芸術の完成形だ」
「金属だ」と鉄駔。
「自然だよ!」理紅虎。
俺は思わず口を出す。
「……つまり、芸術は“属性”だな」
「違うわ!!!」
全員から同時に突っ込まれる。
後列から笑いが漏れるのが聞こえた。
――公演はクライマックスに差しかかっていた。
舞台中央では、朝の光の翼が宙に広がり、
琉月の神聖な輝きが舞台を包み、
碧の水の旋律が会場中を揺らす。
光と水の香りが講堂を満たし、瞬間、空気が別世界に変わった。
皓が腕を組み、鼻でふん、と鳴らす。
「……やっぱ芸術って“勢い”だろ。見ろ、俺まで鳥肌立ってんぞ」
貴満がキレ気味に返す。
「だから勢いじゃないと言ってるでしょうが!!
これは高度な計算による――」
「物質だ」と鉄駔。
「闇の静寂があってこその光だ」陶之介が静かに言う。
「風の流れもあるよ!」理紅虎も一歩も引かない。
俺は深呼吸してまとめる。
「……つまり、今日は誰も勝たなかったってことでいいか?」
全員が互いを見て、妙に満足げに頷く。
「まぁ……それも芸術か」
「認めます…」
「雷が一番だろ」
「俺は鉄だ」
「……お前らほんと仲悪いのか仲良いのか分かんねぇな」
「相性は最悪だが、悪くはない」
俺は笑う。
「結局それが……芸術ってやつなんじゃね?」
⸻
幕が下り、観客がざわめき始めたところで、光の余韻を残しながら朝が駆け込んできた。
「おいおいおい! 観てたぞお前ら!
前列でめちゃくちゃ議論してただろ!? 光の演出が霞むくらい!」
皓が胸を張る。
「だって芸術は勢いだろ? なぁ玲磁!」
「いや、勢いだけでここまで表現できねぇよ。朝が上手いだけだ」
「ちょ、褒めんなよ……照れるだろ……!」
朝は耳まで真っ赤になり、観客の女子から小さく歓声が上がる。
その後ろから、琉月が小走りでやってくる。
舞台衣装のまま胸に手を当て、息を整えながら微笑む。
「今日は来てくれて……ありがとうございます。
皆さんの声、舞台からちゃんと聞こえてましたよ?」
俺と皓、陶之介は一瞬フリーズ。
理紅虎がそっと耳打ちしてきた。
「……玲磁、皓、陶之介。聞こえてたって」
皓が青ざめる。
「いや違うんだ、琉月さん! あれはその――」
「“金属が芸術だ”とか聞こえましたけど……」琉月が首をかしげる。
鉄駔は胸を張る。
「うむ。芸術とは物質だ」
朝が吹き出した。
「それ公演中に言う!? どんだけだよ鉄駔!」
――そこへ、乾いた拍手が聞こえた。
マゼンタ色の髪が揺れ、蓮田 律先生がゆっくり歩いてくる。1-Cの担任で、魔法芸術部の顧問だ。
火のように情熱的な瞳で出演者を見て微笑む。
「朝、琉月。最高だったわ。
……特に終盤の“光と水の静寂”――あれは鳥肌が立った」
琉月は少し照れながら礼をする。
「ありがとうございます、蓮田先生」
「ところで碧は?」
「宝生さんなら、今は控室にいると思います」
「分かったわ」と言い、律先生は視線をスッと悪ガキトリオへ向ける。
「で、あなたたち。前列での“討論会”……聞こえてたわよ」
俺「…………」
皓「…………」
陶之介「…………」
琉月と朝が同時に笑いを堪える。
律は腕を組み、少し身をかがめて言った。
「芸術はね、“感じること”が何より大事。
勢いでも、静寂でも、計算でも、物質でも、風でも――
そこに心があるなら全部正しいの。
ただし――」
ぐい、と皓の額を指で押す。
「公演中に戦争はしないこと!」
「す、すみません先生!」
律はニッと笑う。
「いいのよ。そういう熱さは嫌いじゃないわ。
でも皓、Cクラス担任の私に怒られたくなかったら、
もう少し“他人の表現”にも敬意を払うことね?」
「へ、へい……!」
俺は陶之介の肩を叩く。
「皓、担任来ると弱ぇな」
「お前もEクラス担任に弱ぇだろ!?」
「沙羅先生は……なんというか……勝てる気がしねぇ……」
陶之介も頷く。
「分かる」
朝がひょいと手を上げた。
「でさ。結局、芸術は何が一番って結論出たの? 三賢組と悪ガキで」
俺は堂々と言った。
「結論、全員違って、全員めんどくせぇ」
「それ芸術じゃなくて、お前らの性格だよ!!」
公演後の講堂に、芸術とは程遠い大爆笑が広がった。
鉄駔が一番頭イカれてると思う。




