#74 幸崎家の家訓
赤ノ寮の談話スペースは、夜になるとほどよく冷えて心地いい。
外のライトが白く差し込んで、ソファの影が少し伸びていた。
皓がそのソファに寝転がって、チョコスティックを食いながらだらだら言う。
「はー……今日も決闘部サイコーだわ。明日は右京先輩に挑むかな」
その横で、弥来が腕を組んでにらみつけていた。てか、普通に男子寮に滑り込んでる弥来のメンタルすごいな。
「お兄、学科144位のクセに余裕だねぇ?」
皓がむくっと起き上がる。
「お前さぁ……妹のくせにそこで学力マウント取るのやめろよ。いいじゃん別に! 俺、実技5位だぞ!」
「私は6位だよ。兄妹で実技だけAクラス並。……じゃあなんでお兄だけクラスCなの?」
「てめーッ!」
俺はポテチの袋を抱えたまま、ちょうどその間に入る感じで通りかかった。
「皓、今日も元気だな。Cクラスの星って呼ばれてんじゃね?」
「呼ばれてねぇわ! てかお前が言うな150位!」
「事実だろ。反論の余地がねぇ」
皓が顔を真っ赤にして何か言い返そうとした瞬間――
ぱちん、と照明が一瞬だけチカッと揺れた。
雷魔力の気配。
幸崎家の“誰か”が帰ってきた合図だ。
「……ああ、こりゃ父ちゃんだな」
本当にその通りで、
黄色っぽい髪に柔和な笑みの――幸崎 轟一が手を上げながら入ってきた。
「お、玲磁もいるじゃねぇか。夜は子供らが揃ってると楽しいなぁ!」
「どーも、先生」
「先生はやめろって言ってんだろ、寮ん中くらいは気楽にいこうぜ?」
皓がすぐ突っ込む。
「いや父ちゃん、それ教師としてどうなんだよ」
轟一は気にした様子もなくにっかり笑う。
「細けぇこと気にすんな。雷は勢いだ」
弥来が呆れたようにため息をついた。
「勢いだけで生きてんの、お兄くらいだよ……」
皓がソファのクッションを投げる。
「おい弥来! 胸ちっせぇくせに言うなよ!」
——ぴきっ。
弥来のこめかみが跳ねたのが分かった。
「あ? なんつった兄ちゃん?」
「ん? いや別に? 気にしてんのか? ちっぱい?」
ばちばちばち、と空気中に細い雷が走る。
危険信号だ。
俺はポテチを握りしめながら一歩下がった。
「あー……皓。お前、地雷踏んだな」
轟一も苦い顔をして頭をかく。
「皓、お前それは駄目だ。女の胸ネタは絶対触れるなって教えただろ?」
「父ちゃんが母ちゃんにいっつも言ってんじゃん!」
「……まあな!」
「自白すんなよ!!」
弥来はぷいっとそっぽを向く。
「怒ってねぇし……兄ちゃんの雑な言葉なんて慣れてるし」
皓はきょとん。
「あれ、怒らねぇの?」
「怒るほどじゃないし。兄ちゃん、本気で言ってないの知ってるもん」
皓は後頭部をかいた。
「……まあ、確かに」
俺はポテチつまみながら笑った。
「お前らほんと仲いいな。名家なのに、めちゃくちゃ普通の兄妹って感じだわ」
弥来が嬉しそうに笑う。
「幸崎家ってさ……六大魔法名家の中では一番“普通” に近い家だよ。
父ちゃんも母ちゃんも庶民と一緒に育ってきたし」
轟一は胸を張ってドンと叩いた。
「名家つってもな! うちは“雷は自由”が家訓だ。
庶民と一緒にわいわいしてるほうが性に合うのよ!」
俺はソファの背に寄りかかってにやりとした。
「だから、皓とスエが仲いいのも納得なんだよな。自由同士でつるむんだろ」
皓がむすっとする。
「おい玲磁、スエの名前出すな。今日そいついないだけでどれだけ平和か」
弥来が吹き出す。
「陶之介くん、うち来るとき緊張してるよね……怖いけど、いい人なんだよねあれ」
轟一も大きく頷いた。
「京極 陶之助か。あいつは芯があるガキだ。伸びるぞ。……まあ問題は皓だが」
「なんで急に真面目モード!? やめろ父ちゃん怖ぇよ!」
轟一は皓の肩をがっしり掴んだ。
「お前、妹離れしろって言ったろ!」
「ぎゃあああああ! 離せ父ちゃん!!」
弥来はソファに倒れ込みながら笑い転げていた。
「兄ちゃんほんとそこだけ弱いんだよね~!」
俺はポテチをもう一枚つまみながら、しみじみ言う。
「……名家って言葉からイメージする“高貴さ”……幸崎家だけ欠片もねぇよな」
轟一は肩を大きく揺らして笑った。
「当たり前だ。
名家だろうが何だろうが――
“家族は一番楽しくなきゃ意味がねぇ”
ってのが、幸崎家のやり方よ!」
その言葉は雷みたいに明るくて、
聞いてるだけで胸の奥が少し温かくなった。




