#43 自覚のない優しさ
チャイムが鳴った瞬間、それまで張りつめていた空気が一気にゆるんだ。
みんな「ひえぇ……終わった……」みたいな顔で、雪崩みたいに教室から流れ出る。
何も言われていない瑞翔まで、肩を落としながら言ってた。
「今日は……精神が……死ぬ……」
理紅虎もフェンリルに寄りかかってるし、魅亜は静かに呼吸整えてるし。
虹矢は「絶対強くなる……!」って自分を鼓舞してた。
そんな中、俺も出ようとして――
「天竜 玲磁。残りなさい」
背後から、氷点下みたいな声が落ちた。
……うわ。
肩が勝手にすくむ。
振り返ると、祭吏先生が机の前で腕を組んでいた。
もう誰もいない教室。
窓の外の風の音と、俺の足音だけが響く。
「……なんすか、先生。
俺、なんか地雷踏みました?」
一応いつもの調子で返すけど、空気はぜんぜん軽くならない。
祭吏先生は、視線ひとつ揺らさずに言った。
「違います。
あなたにだけ、授業では言えなかったことがある」
(あの先生が“授業で言えなかった”……?)
ちょっとだけ興味が勝った。
祭吏先生は、まるで言葉を絞るように──いや、選別するように、ゆっくり言った。
「――あなたは、他の誰よりも“魔法倫理に向いていない”」
思ったより重い言葉だった。
俺は鼻で笑う。
「そりゃ、俺は“時”だからっしょ?
歴史に前例もないし、扱いが危険なのも分かってますよ」
そう言うと、祭吏先生はすぐに否定した。
「違います」
迷いが一切ない声音。
「あなたが“優しすぎる”からです」
……その言葉は、予想してなかった。
胸の奥が、ちょっとだけ刺さる。
祭吏先生の真紅の瞳が、まるで心臓を直視してるみたいに真っ直ぐ向いてくる。
「時魔法の危険を理解しているあなたは、
自分を律しすぎる。
境界を引きすぎる。
――それは、決闘で自分を殺すのと同じことです」
俺は視線を逸らした。
図星すぎて、正面から受け止めるのがしんどい。
祭吏先生は続ける。
「あなたは“誰よりも、他人を傷つけたくない”と願っている。
だから、自分の力を封じ続ける」
その言い回しが、妙に胸をえぐる。
「でもね、天竜玲磁」
先生の声が少しだけ低くなる。
「時魔法は、封じれば封じるほど暴れます。
扱い方の資料も前例も、歴史上に存在しない。
“扱おうとしないことこそ、あなたを裏切る行為”です」
呼吸が、ほんの少し乱れた。
誰より俺自身が知ってることを、
他人の口から言われた。
「あなたが本当に怖がっているのは他人でも力でもありません。
……“いつか自分が間違える未来”でしょう?」
言葉の逃げ場がなくなった。
俺は、大きく息を吐く。
「……あー、ズルいわ。
そういう言い方されると、反論できねぇんだよ」
祭吏先生は、そこで初めて――本当に初めて、
目元がわずかに、ゆるんだ気がした。
「あなたはまだ学生です。
間違えていい。
その間違いの仕方を教えるために、私がいる」
俺は眉を上げた。
「……倫理の先生が言っていい言葉っすか、それ」
「倫理の先生だから言うのです」
きっぱり。
「完璧である必要はありません。
あなたは“自分の未来を信じていない”。
それが唯一の欠点です」
その言い方に、胸の奥で何かが少しほどけた気がする。
俺は、気づいたら少し笑ってた。
「……なんか、ちょっと救われました。
ありがと」
祭吏先生は反応を見せず、ただ背を向ける。
「今日言ったこと、忘れないように」
ドアへ向かいながら、静かに言い置いていった。
「――あなたは危険な子ではありません。
“危険を避けすぎる子”なんです」
その背中が遠ざかっていくのを見つめながら、
俺は誰にも聞こえないくらいの声で呟く。
「……俺、そんな優しくねぇよ」
けど、ドアの前で祭吏先生が一度だけ振り返った。
「自覚のない優しさが、一番危険なんですよ」
そう言って、静かに教室を出ていった。
残された教室は、やけに広くて静かだった。
俺は席に手をつき、
深く一度だけ息を吸った。
(……なんなんだよ、あの人。
ズルいだろ……)
窓から差す夕日で、足元の影が少し揺らいだように見えた。




