#40 化け物
四戦目が終わって俺と皓が戻ると、
演習場は妙に静かになっていた。
最後の組が呼ばれたからだ。
「水無 寡燐。霞 瑞翔」
寡燐が立ち上がった瞬間、
近くの空気がわずかに揺れた。
赤と青のメッシュが光の向きで色を変え、
無表情の横顔は氷みたいに冷たいのに、
内側になにか燃えているようにも見えた。
瑞翔はと言えば――
肩をすくめながらも、
意地だけで前へ進むような歩き方。
(あいつ……めっちゃ緊張してんな)
でも、それでも行くのが瑞翔だ。
⸻
隣で皓が眉を寄せる。
「……なんだあの子。
水かと思ったら、火の気配もある」
「だろ? あいつ二属性だよ」
同じDクラスの陶之助が淡々と答えた。
皓の目が一気に丸くなる。
「は? 二属性って……一年にいんの? 聞いてねぇぞ」
「推薦。校長が拾ったって話だ。
気が向いた時しか喋らねぇけど、実力は本物だぞ。学科も実技も家の都合で受けられなかったんだとよ」
(陶之助が“本物”って言うの珍しいな)
と言うより、どっちも未受験で推薦してDクラスって、俺よりハンデあるのにスタートから違うのかよ。
俺は目を細める。
確かに、寡燐は遠くから見ても異様な静けさがある。
火と水――
普通なら相性最悪の組み合わせ。
どっちかが暴れればどっちかが消える。
それを両方扱うってだけで異質だ。
寡燐とは対照的に、
瑞翔は……本当に平凡だ。
歩幅もちょっとぎこちないし、
手の指が落ち着きなく動いてる。
でも俺は知ってる。
こういう時の瑞翔は“逃げる”って選択肢を取らない。
ルームメイトとして過ごして分かったことだ。
(怖いけど……それでも立つのが瑞翔)
皓は腕を組んだ。
「霞ってさ、
普通すぎて逆に読めねぇよな」
「だよな。
あいつ、計算も魔力操作も平凡なのに、
“根性だけは硬い”って感じ」
俺が言うと、
陶之助が少しだけ笑った。
「……そうだな。あいつは負けると分かってても逃げねぇ」
中央で沙羅先生が手を上げる。
瑞翔は喉を鳴らし、
寡燐は一切表情を変えない。
「始め!」
乾いた声が演習場に響いた。
瑞翔は即座に手をかざし、
教科書どおりの“水弾”を二つ繋げて作った。
球の形も、サイズも、速度も――
すべてが平均的で、特徴がない。
だけど。
(うん……瑞翔らしい)
丁寧で、崩れない。
彼の“人柄”そのままの魔法だ。
寡燐の手前、
水弾が迫る。
だが。
寡燐は動かない。
まったく。
水弾が届く一歩手前で――
寡燐の足元に、水の膜が波紋のように広がった。
同時に、
彼女の掌で微かに火が灯る。
赤と青が溶け合う。
何かが嫌な予感として背筋を走る。
「……あれ、同時発動か」
陶之助が小さく言う。
「同時って……あんな自然にやれんのかよ」
皓は唾を飲んだ。
寡燐の火と水が、
瑞翔の水弾に触れた瞬間――
空気が“ぐにゃり”と曲がった。
次の瞬間。
ごっ。
爆ぜた。
火力でも水圧でもない。
熱と冷の差によって生まれた“破裂”。
瑞翔の体が後ろへ吹き飛び、
床を転がった。
「……っ」
呻き声が漏れたが、立ち上がる。
よろよろでも、立つ。
瑞翔は頬の砂を拭い、
また構えた。
全身が震えてるのに、
目だけは逃げてない。
(あー……やっぱ、お前は強いよ)
強さの種類が違うだけだ。
寡燐が静かに言った。
「……無理を、しないで」
乾いた、でも真っ直ぐな声音。
瑞翔は歯を食いしばる。
「……負けるのは分かってる……
でも俺、まだ倒れてない……」
会場が少しだけざわめいた。
寡燐のまつ毛がほんのわずかに揺れた。
それが彼女なりの“動揺”だったのかもしれない。
「……ごめんなさい」
寡燐は一歩踏み込んだ。
火と水が同時に寡燐の肩に揺れ、
小さな“熱の波”をつくる。
瑞翔の視界がゆらぐほどの、
静かな威圧。
避ける余裕なんてない。
ぽん、と。
ただ肩に触れただけ――
そんな弱い動きなのに。
瑞翔の体が深く沈み、
そのまま膝をついた。
完全に、力の差。
沙羅先生が静かに手を挙げる。
「…勝者、水無 寡燐」
瑞翔はその場に座り込んで、呼吸を整えている。
寡燐はほんの一瞬だけ迷って、
そっと手を差し出した。
瑞翔は驚きつつも、その手を取る。
「……ありがとう」
「……こちらこそ」
寡燐はそれ以上何も言わず、
観客席の影に溶けるように戻っていった。
瑞翔は立ち上がってこちらへ歩いてくる。
皓が頭をぐしゃっと撫でた。
「よくやったじゃん。
あれは相手が悪すぎるわ」
「ああ。悪くねえ」
陶之助も珍しく褒めた。
俺も瑞翔の肩を掴む。
「……お前、普通って言われてるけどさ。
あの“立ち方”だけはすげぇよ」
瑞翔は照れたように笑う。
「ありがとう。
でも……普通代表とか言われてる俺には、無理ゲーすぎる」
「あれは……1年生にしては完成されすぎてるな」
そう言う俺の声は、
自然と熱を帯びていた。
寡燐は振り返ってはこなかった。
ただ淡々と歩いて消えていった。
でも――
今日の演習場の誰よりも強い印象を残して。
静かで、異質で、圧倒的。
火と水の二重奏。
彼女は……化け物だ。
登場人物紹介
●水無 寡燐
【性別】女
【適性】火・水
【総合順位】91位/150人
【学科】未受験
【実技】未受験
【髪】赤色に青メッシュ
【瞳】赤と青のオッドアイ
家庭の事情により受験することができなかったが、校長の推薦によりDクラストップの合格を果たす。
二属性を操る稀有な魔法使い。
性格は寡黙で一人でいることが多いが、不思議な魅力がある。
実はかなりの大食いで、食堂ではいつも大盛りを2人分食べているらしい。




