#39 雷の本気
「行くぞ、玲磁!」
宣言と同時。
皓の足元で火花が弾けた。
次に見えた瞬間、
もう目の前だった。
速い――
ただただ速く、直線的で、重い。
衝撃が腹に突き刺さり、
俺の身体は後ろへ跳ね飛んだ。
肺が一瞬止まる。
(あー……これは無理だわ)
でも笑ってしまう。
皓は迷いなく突っ込んでくるタイプ。
初手から真正面。
そういうの、嫌いじゃない。
⸻
皓が次へ踏み込む前に――
俺は右手を上げた。
掌の上で、水がひとつ。
『ぽた……っ』
滴った水が、
空中で“落ちきらずに震える”。
観客席の空気が一瞬止まった。
「……?」
ざわ、と疑問が広がる。
水滴は、
まるで“時間が遅れた世界”でだけ存在しているみたいに
ふわりと宙で揺れ、
小さな円を描く。
俺は指先でそれを弾く。
水滴は落下しながら――
普通ではありえない、緩い放物線を描いて宙を滑った。
光をまとった小さな“水時計”。
ぽとん、と床へ着いた時、そこへ皓の影が走り込む。
皓は微かに眉をひそめた。
「……なんだよそれ。見せたいなら、もっと派手にしろよ」
「派手は皓担当だろ?」
俺が言うと、
皓の口元がわずかに緩む。
一瞬だけ、
“好敵手を見る目”だった。
皓が拳を構えた。
右腕に、紫電が絡みつく。
肌の上で雷の模様が踊り、
床に“焼け跡”を作るほどの電圧。
演習場全体が、
ピリッとした金属臭に包まれた。
「……っ」
背筋が自然に震えた。
皓は、観客なんか眼中にない。
まっすぐ俺だけを見ている。
「玲磁。
お前の“時”がどんなもんかは知らねぇけど……
手加減しても意味ねぇよな?」
どん、と踏み込む音。
雷光が迸る。
次の瞬間、
俺は空を見ていた。
――視界が弾ける。
――体が浮く。
――床に叩きつけられる。
何もできない。
本当に。
何も。
時魔法?
水時計?
そんなもの、雷の速度の前には飾りだ。
あー……完敗。
痛いけど、
面白くて、
笑えてくる。
逃げても勝てないなら、
魅せたほうがいい。
俺はまた掌を上げ、
さきほどの壊れた“水時計”をもう一度描く。
皓が戸惑う。
「おい……なんで立つんだよ。
てか、それ……意味あんのか?」
「さぁ?」
俺はただ笑う。
水の時計がふわ、と淡い光を反射し、
皓の雷光と 混ざってきらめく。
観客席から、
小さな息の漏れがいくつも聞こえた。
遥花は胸の前で手を握りしめていて、
瑞翔は口を開けたまま固まり、
魅亜だけはなぜか目を輝かせている。
「玲磁、すごい……!」
そんな顔して。
皓は舌打ちし、
最後の一撃を構えた。
「終わりだ!」
拳が雷光に包まれる。
視界が焼けつく。
(おつかれ、俺)
大地が裂ける音とともに、
俺の意識は一瞬だけふっと遠のいた。
⸻
気がつくと、
沙羅先生の声が響いていた。
「勝者、幸崎 皓!」
ざわめき。
どよめき。
それと混ざり合う何かに、
俺はゆっくり起き上がる。
ぐらりと揺れた俺の肩を、
皓が思わず掴む。
「おい……無理すんなよ。
つーか、なんで笑ってんだよお前」
「いや……水時計、壊れなかったろ?
それだけで上出来」
「……は?」
皓は困惑したまま俺を見つめる。
怒りでも勝ち誇りでもなく、
ただ――戸惑い。
その様子を、観客席は敏感に受け取っていた。
遥花は胸を押さえたまま、
でも少し安堵した顔で座り直し、
瑞翔は「あそこまでやれるんだ……」って
ぽつりと呟いた。
陶之助は腕を組んだまま目を細め、
昴は少し笑い、
夢威は
「玲磁、倒れても笑ってる」
と小さく呟く。
蒼南は、未知の魔法を前に微笑みを深めていた。
皓の妹・弥来は
兄の勝利に飛び跳ねながらも、
チラッと俺を見て
「でも玲磁くんきれいだった……!」
と小声で言っていた。
轟一先生は皓の背中を叩き、
「よくやった」と誇らしげ。
でも、俺を一瞥して
「……あのガキ、まだ余裕残ってやがるな」
と呟いた。
皓が手を伸ばしてくる。
「……まあいいや。
本気出させたのは、お前が初めてだし」
俺はその手をつかんで立ち上がる。
「果たして次はどうなるかな?」
「言ってろバカ」
皓はわざとそっぽ向きながら、
でも耳が赤かった。
負けたのは事実。
何もできなかったのも事実。
だけど。
(俺の初戦……悪くなかったな)
胸の奥で、
なぜか満足感がじんわり広がる。
水時計は壊れていない。
俺の“時”もまだ始まったばかりだ。
玲磁、意味不明な魔法だけ披露して普通に負ける。
元々は戦闘も最強にしようか迷った。けどこっちの方がより面白くできると思った。




