#37 犬猿の仲
第二戦の熱がまだ残っているのに、
次の組が呼ばれた瞬間、
空気がもう一段“ザラッ”と変わった。
「第三戦、京極 陶之介。慈恩寺 貴満」
陶之介が立ち上がる。
皓も思わず顔をゆがめた。
「あーー……来たなコレ」
何が来たかはすぐ分かった。
彼の視線の先に、もう一人の男が歩いている。
慈恩寺 貴満。
初めて見るが、
一目で“優等生”と分かるタイプだ。
髪は整いすぎるほど整えられ、
制服も皺ひとつない。
細いフレームの眼鏡越しの眼差しは冷静で、
どこか人を選別しているような目。
「あれが慈恩寺か……」
俺は小さく呟いた。
噂には聞いていた。
学科トップ級の秀才。水の魔法は正確で緻密。
だけど――対人戦は苦手。
弱気ではない。
むしろ自信はある。
だが、戦い方が“理屈寄り”なんだろう。
貴満が陶之介を見る。
その瞬間、目元がほんの少しだけ固くなった。
「……京極さん。
今日こそは、勝たせていただきます」
丁寧さの奥に、ピリッとした棘。
なんというか……必要以上に“礼儀正しい”。
慇懃無礼……ってやつか。
すると陶之介は肩をいからせ、即答。
「あ?誰がお前なんかに負けんだよ」
(あぁ〜……これ、確かに噂通りだ)
俺は皓に耳打ちした。
「皓、こいつら中学同じだったんだよな?」
「そう。で、ずっとケンカしてた。
……というかお互い無駄に敵視してた」
陶之介が後ろを振り返り、ぼそりと言う。
「敵視ってなんだよ。俺はただ、あいつが気取ってんのがムカつくだけだ」
皓が即ツッコミ。
「だから犬猿なんだよ!!」
あーはいはい。完全に価値観の不一致だなコレ…
土と風くらい相性悪い。
沙羅先生が静かに手を上げる。
「始め!」
開始の声とともに、
貴満の水が――驚くほど早く形を成す。
(……丁寧だな)
水の動きが非常に“きれい”だ。
余計な波が一つもない。
まるで設計図通りに流れている。
さすがは学科トップクラス。
水属性のコントロールは圧倒的に精度が高い。
貴満の声が柔らかく響く。
「……<アクアスラッシュ>」
水が刃となり、
陶之介へ一直線に走る。
その軌道――
本当に直線。
ブレがゼロ。
教科書みたいな攻撃だ。
だが。
(……あ、これダメだ)
陶之介相手には、相性が悪すぎる。
陶之介の影が、
ゆらり――と揺れた。
「闇喰」
水刃が闇に触れた瞬間、
しゅわ、と音もなく吸収される。
貴満の眉がわずかに動く。
「……っ。
あなたはいつも、そうやって……!」
「お前の攻撃、綺麗すぎんだよ。
真っ直ぐ来るから、全部喰える」
陶之介は不器用なほど正直だ。
相手を煽ってるつもりはない。
ただ事実を言ってるだけ。
だが貴満には、それが刺さる。
「……っ、意味は理解しています。
ですが、こちらにも策はあります!」
次の瞬間、
貴満の水が分裂した。
小型の水球が複数、宙に浮かぶ。
それが一斉に陶之介へ。
(なるほど……数で来たか)
闇が“飲み込む”前提なら、
吸収しきれない量をぶつける。
理屈としては正しい。
だが――
陶之介は一歩も動かない。
「アホか。
量増やしても、お前の水は“全部同じ速度”なんだよ」
影が地面から大きく広がる。
闇の触手のような黒が伸びる。
その軌道は不規則。
計算できない。
マニュアルに載ってない。
これは――
陶之介という“人間”の癖そのものだ。
貴満は反応しきれない。
「っ……!」
水が触れた。
闇が呑み込む。
貴満が後退する。
完全にペースを奪われた。
⸻
陶之介の闇が、貴満の足元へ迫る。
だが、当たる直前で――
ぴたり、と停止した。
陶之介は薄く笑い、
「終わりだ。
あんま怪我されると面倒だしな」
貴満は悔しさを滲ませながらも、
礼だけは崩さなかった。
「……負けました。
ですが、次は必ず――」
陶之介が手をひらひらさせる。
「はいはい、聞き飽きたわ。
中学んときから言ってんなお前」
「っ……!」
そのやり取りで、
二人の“長い因縁”を理解した。
皓が肩をすくめる。
「……あれで仲悪いって言うか?
あいつら多分、なんだかんだ気にしてるんだよ」
あれは仲が悪いんじゃなくて、“めんどくさい関係”だ
貴満の性格。
陶之介の不器用な優しさ。
中学から続く価値観の衝突。
全部が混ざって、
まるで水と闇みたいに混ざり合わない。
それでも、
どこかで“互いを理解してる”ようにも見える。
沙羅先生が判定を告げる。
「勝者、京極 陶之介」
陶之介は勝ち誇らず、
ただ一言だけ後ろにいる皓へ。
「……皓、あのクソ真面目、また成長してるわ」
皓が吹き出す。
「お前もな!」
俺も笑った。
(ほんと、不器用な連中だな……)
だが、その不器用さが嫌いじゃない。
登場人物紹介
●慈恩寺 貴満
【性別】男
【適性】水
【総合順位】34位/150人
【学科】6位/150人
【実技】81位/150人
【髪】黒色
【瞳】群青色
頭脳派で生真面目。基本的に同級生や年下にも敬語を崩さない。
幼さの残る顔立ちに、丸眼鏡が似合う。
皓・陶之助とは同じ中学だが気が合わない。特に陶之助とは互いに犬猿の仲。




