#36 わだかまり
蒼南と大河の試合が終わって、
「いい戦いだったなぁ」という空気が客席にふわっと残る。
だが次の名前が呼ばれた瞬間、
その空気は一気に“緊張”へと変わった。
「第二戦、篝火 昴。鴇任 明日香」
昴が立ち上がる。
俺は思わず背筋が伸びた。
火属性の中でも昴の火は“品がある”。
派手じゃないのに強い。
扱い慣れてるっていうか、炎が彼に従ってる。
その昴が軽く伸びながら中央へ向かう。
背中越しでも余裕が分かる。
(部でも、ずいぶん俺の相手してくれたからな……
実戦で見るのは逆に新鮮だわ)
隣で皓が言う。
「篝火ってさ、戦う前の空気が静かなんだよな。
雷系の俺からすると“怖いタイプ”だわ」
「分かる。火って、普通もっと暴れてるイメージなのに……
昴の火はむしろ落ち着いてる」
陶之介も小声で言う。
「制御が上手いやつほど、開幕が静かになる」
そう言った瞬間――
反対側から歩いてくる人物に、俺の視線が吸い寄せられた。
鴇任 明日香。
初対面だ。
一目見て思った。
……氷、だな。
なぜか直感で分かった。
体温の低さとかじゃなくて、空気の張りつき方が“冷たい”。
動きひとつ、視線ひとつが静かすぎる。
彼女の髪は淡い青色。
まるで光を受けた霜みたいにさらりと揺れる。
瞳は淡水色。
透明度が高すぎて、底が見えない。
そして――
この学年に、氷属性はたった一人。
希少。
どころか、学園全体でもほとんど見かけない属性。
皓が息をのむ。
「鴇任さん、同じクラスだけど話してるのを見たことないんだよな。いつも気難しい感じで声掛けにくくてよ
でも、氷属性はめちゃくちゃ貴重だし、何より綺麗だよな、あの人」
「ああ。あの冷気……
体から出てるんじゃなくて“心”が氷って感じがする」
陶之介が頷く。
「感情が表に出ないタイプだな。あれは強いぞ」
明日香は無表情のまま、
昴の正面に立つ。
昴が、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「久しぶりに、真正面で立つ気分だな。
よろしく、明日香」
彼の声には懐かしさが混じっていた。
幼馴染らしいが、今の空気は張り詰めている。
けれど明日香は表情を変えず、
静かに一言落とす。
「相手があなたでも、やることは変わりません」
軽い挑発……というより、義務の宣言みたいだった。
昴もそれを聞いて口角をわずかに下げる。
「……そっか。じゃあ遠慮なくいくよ」
沙羅先生が開始の合図をする。
「始め!」
氷の斬撃は、開始の合図より速かった。
ヒュッ!!
空気が裂けた。
氷の軌跡がまるで“線”として見えるほど精密。
(……やば。
氷ってこんな鋭いのか)
斬撃じゃない。
“切除”に近い。
存在の線を刈り取っていくような精密さ。
昴は逆に、ほとんど動かない。
足元に火を一瞬だけ灯して、
身体をひねり、最小限の動きで避ける。
ひゅん、ひゅん、と氷線が通過していく。
火の軌跡はほとんど見えない。
無駄な動きがゼロだ。
(これ……二人とも慣れてる)
幼馴染だからか、呼吸のリズムが一致している。
昴は明日香の癖を知っている。
明日香も昴の火の出方を知っている。
だからこそ、この静かさ。
明日香の声がひびく。
「止まって見える。
炎の動きが鈍いわ」
「そうか? 俺には氷の軌道が読みやすくて助かってるけどな」
会話も自然。
でも火力も冷気も、緩む気配はない。
昴がふっと呼吸を整えた。
そして――瞬間、火が昴の拳に集まる。
来る。
俺の時覚が反応した。
昴はあえて一歩踏み込んだ。
火の熱が空気を押しのける。
明日香は即座に氷刃を形成。
氷の剣先が昴の喉元へ迫る。
けれど――
ジュッ……
氷刃が、昴の火で“溶けた”。
一瞬の隙。
その隙へ、昴の拳が紙一重で明日香の頬へ――止まる。
「……俺の勝ち、でいいよな?」
間合いは完璧。
力はほぼゼロ。
昴の“技”の勝利だ。
明日香は悔しそうに眉をわずかに寄せた。
「……次は勝ちます」
その声は、少しだけ震えていた。
怒りでも敗北でもなく、“誓い”の揺れだ。
昴はその震えを聞いて、
ほんの一瞬だけ柔らかく表情をゆるめた。
「……ああ。待ってる」
⸻
二人が離れた瞬間、
俺は小さく息を吐いた。
(火と氷……相性は最悪なのに、
こんなに綺麗に戦えるんだな)
氷属性の希少さ。
昴の火の奥ゆかしさ。
幼馴染の空気。
戦闘の息が合いすぎていること。
そして、あの最後の一言。
“次は勝ちます”
あれは、ただの負け惜しみじゃない。
氷の奥底に“熱”があった。
皓が言う。
「……なんだあの二人。
仲いいのか悪いのか分かんねぇ」
陶之介は腕を組んだまま言った。
「どっちでもない。
“まだ終わってない関係”ってだけだ」
俺は小さく笑ってしまった。
そうだな……あれはまだ途中だ。
二人の物語は今日で終わりじゃない。
そう感じるほど、
氷と火の衝突は美しかった。
登場人物紹介
●鴇任 明日香
【性別】女
【適性】氷
【総合順位】62位/150人
【学科】48位/150人
【実技】80位/150人
【髪】淡青色ミドル
【瞳】群青色
1年生では唯一の氷適性の持ち主で、自分の魔法には誇りを持っている。
過去に氷属性をからかわれた経験から、一人で活動していることが多い。
昴とは幼馴染だが何やら苦い思い出があるようだ。




