#35 力と技
沙羅先生と轟一先生の模範戦闘が終わって、
演習場の空気がひと呼吸だけゆるむ。
けれど、その瞬間――
俺の“時の感覚”は逆に鋭くなる。
(……蒼南が、来る)
風の匂いがわずかに変わったからだ。
沙羅先生が次の組を呼ぶ。
「第一戦、仁公儀 蒼南。玄機 大河」
蒼南が静かに立ち上がる。
歩くたび、髪が揺れて、空気の層がほんの少し変形する。
(やっぱこの人……風の扱いが異常に綺麗なんだよな)
俺に“時間の観測”をさせた唯一の同級生。
あの日の、小さな風時計の反応。
彼の才能はただの天才じゃなくて、“世界の流れ”に敏感だ。
そんな蒼南の前に――
もう一人がのしのしと中央へ歩いていく。
(……デケェ)
玄機 大河。
名前と「でかい」という噂だけは聞いてたが、こうして見ると想像以上だった。
背丈だけじゃない。
体格が重い。
肩幅も腕も、まるで戦士の像が歩いてるみたいだ。
なのに、顔は優しい。
笑ったら絶対いいやつだって一発でわかる。
皓が俺の横でひそひそ声。
「おい玲磁、あいつ……初見だけどデカすぎね?」
「ああ。俺、アイツと廊下で鉢合わせしたら跳ね返される自信あるわ」
陶之介が腕を組む。
「土の適性って聞けば納得だが……ありゃ魔法使いってより、武闘家だ」
大河は俺たちの視線に気付いたのか、軽く手を上げてニコッと笑った。
……やっぱ良いやつだなこの人。
でも、蒼南の前に立った途端、空気が変わる。
蒼南が、柔らかい声で言った。
「大河くん。今日はよろしくね。
土だと、風とちょっと相性悪いと思うけど……大丈夫?」
大河は豪快に笑った。
「アニキとか呼ばれてるけどな…
格闘ならともかく、風は苦手だ!」
その声、まるで大太鼓。
演習場の空気が揺れる。
蒼南は苦笑しながらも、どこか嬉しそうだ。
この“優しさ”が蒼南なんだよな。
風の天才。
でも決して驕らず、相手への敬意を忘れない。
沙羅先生が手を上げる。
「始め!」
一瞬でわかった。
蒼南の勝ち――確定。
けどそこから先は、“結果”じゃなくて“美”が支配した。
蒼南の周囲に風が集まり……
砂粒が舞い、まるで花びらのように円を描く。
風の微細な流れが、俺の“時覚”に触れた。
(……やっぱり、あいつの風は特別だ)
体積じゃない。
圧力でもない。
“流れの純度”がとんでもなく高い。
大河が拳を握って前進する。
土の気配が足下から立ち上る。
どっしり、重く、揺るがない。
(あれは……土属性の“呼吸”か?)
力そのものが歩いてるようだった。
ところが――
その“重さ”に、蒼南は触れない。
風だからだ。
一瞬、蒼南の姿がふっと消えた。
「っ!」
俺の視界でも追えなかった。
正しい言い方をすると、
蒼南の“移動の痕跡”がなかった。
風の中に溶けたみたいに、場所を移していた。
大河は反応だけは速い。
上空へ視線を向ける。
ドッ!
上から、鋭い風圧が叩きつけられた。
大河が咄嗟に土壁を立てる。
バキッッ!!!
風が壁を貫く。
土が砕けて、砂煙が舞う。
その後ろから、軽い着地音。
蒼南が、ふっと微笑んでいた。
「ごめんね。
本気じゃないけど……僕の風、ちょっと鋭いんだ」
大河は尻餅をつきながらも、
満面の笑みを崩さなかった。
「ぐはっ……やっぱ強ぇな蒼南!
風の天才って噂、本当だったわ!」
蒼南は耳まで赤くして、
俯き気味に小さく笑った。
(……わかる。こういうの、蒼南苦手なんだよな)
俺が年齢逆行させたときもそうだった。
褒められると、照れる。
照れながらも喜ぶ。
でも、あくまで謙虚。
天才って、本来こういうやつのことを言うんだと思う。
沙羅先生が手を上げた。
「勝者、仁公儀 蒼南さん」
拍手が広がる中、
蒼南は大河に手を差し伸べた。
大河が笑って言った。
「いやー、やっぱ風は反則だわ。
でもな、次はちょっと慣れると思う!」
「うん。僕も、もっと綺麗に風を使いたいから……またやろ?」
二人はがっしりと手を握った。
いい戦いだった。
力と技術。
重さと軽さ。
慎重と豪快。
全部違うからこそ、噛み合っていた。
胸の奥で、
俺の“時間”が静かに揺れる。
……俺も、早くあそこに立ちたいな。
そんな気持ちが、初めて強く湧いた。
登場人物紹介
●玄機 大河
【性別】男
【適性】土
【総合順位】32位/150人
【学科】49位/150人
【実技】15位/150人
【髪】茶色
【瞳】黒
身長195cmの巨体であり、魔法使というより格闘家のような見た目である。魔力値はかなり高い。
性格は豪快で、細かいことは気にしないが気配りのできる男。
親しみを込めて「アニキ」や「親分」などと呼ばれる。




