#147 外の世界
1-Eの教室に戻ると、さっきまでの講堂の重たい空気が、少しだけ薄れていた。
机に座る音、椅子を引く音、誰かの欠伸。
日常が戻ってきた、という感じがする。
その空気を真っ先に破ったのは、やっぱりあいつだった。
前の席から身を乗り出し、やたら目を輝かせた虹矢が、俺の方を振り向く。
「モンスターかぁ!なんかワクワクするよなぁ!天竜!」
こいつ、本当に怖いもの知らずだなと思いながら、肩をすくめる。
「ああ。まあ危険な存在だけど、普通に生活してたらまず生で見る機会はないからな……」
すると、隣の列から、引き気味の声が飛んでくる。
眼鏡の奥で、瑞翔が少し顔をしかめていた。
「というより、俺は見たくもないよ……理紅虎はどう思う?」
視線が移った先で、理紅虎はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべている。
窓の外を見るような目で、ぽつりと答えた。
「自然は、味方にも敵にもなるからなぁ。僕はモンスターと仲良くできたらいいなって思うよ」
それを聞いて、後ろの席から弾むような声。
「理紅虎なら、フェンリルといつも一緒だしね!」
魅亜だ。
からかうようでいて、どこか本気の声音。
その流れで、教室の視線が、ふっと柔らかい方向へ向く。
少し間を置いて、小さな声。
「私はモンスター、怖いけど……玲磁くんと一緒なら……」
遥花だった。
言い切らないまま、語尾が消える。
自分で言ってから気づいたのか、頬がほんのり赤くなる。
——ああ、もう完全にバレてるな。
クラスの空気が、一瞬だけ生温かくなる。
誰もはっきり言わないけど、
遥花が俺のことをどう思ってるか。
俺が遥花をどう気にかけてるか。
多分、全員気づいている。
俺は咳払いで誤魔化しながら、窓の外に視線を逃がした。
(……モンスターより、こういう空気の方が厄介だろ)
その時、教室の後ろの扉が静かに開いた。
ヒールの音。
遅れて入ってきた沙羅先生が、教壇に立つ。
「この島国にいる限り、危険なことは滅多にないわ」
落ち着いた声が、教室を包む。
「けれど、過去にも海や空からモンスターが上陸してきた例はある」
ざわ、と空気が引き締まる。
「それに、国内にもモンスターを管理している森や洞窟もいくつか保有しているの」
先生は黒板に軽く指を向ける。
「だから今後は、対モンスターを想定した戦闘訓練も行うわ」
一瞬、クラスが静まり返り——次の瞬間。
「マジで!?」
「実戦訓練!?」
「ちょっと怖い……」
色んな反応が一気に溢れた。
俺は背もたれに体を預けながら、天井を見上げる。
(決闘、合体魔法、そしてモンスター……)
研究だけじゃなく、
机上の理屈だけでもなく。
この学校は、確実に「外の世界」へ向かっている。
(……やること、増えてきたな)
そう思いながら、俺は無意識に、
さっき小さな声で俺の名前を呼んだ少女の方を、ちらりと見ていた。




