#145 融ける頃には
合体魔法研究部の部室。
扉を開けると、外の喧騒とは別世界のような静けさが戻ってきた。
魔導灯の淡い光。机の上に残る、いつもの研究資料。
……そして。
「おかえりなさい」
部屋の奥、窓際に立っていた人物に、全員が一瞬固まる。
沙羅先生だった。
白衣の袖を軽くまとめ、外の景色を眺めていたらしい。
振り返るその表情は、叱るでもなく、咎めるでもない。
「今日は、決闘部を見学していたのね」
「……はい」
俺は一歩前に出て、軽く頭を下げた。
「研究だけじゃなくて、実戦でどう使われるかを見たくて
実験だけで完結する魔法って、やっぱ意味がないと思ったんです」
昴が静かに頷く。
「合体魔法は特に、実戦での再現性が課題ですから」
沙羅先生は、少しだけ目を細めた。
「ええ、いい判断ね」
窓を少し開けると、外の風が部室に流れ込む。
汗と魔力の匂いが、ゆっくりと薄れていく。
「遠くから見ていたわ
結果は……概ね予想通りね」
夢威が小さく呟く。
「……だよね……」
沙羅先生は続ける。
「決闘部だけじゃないわ
これからは、他の部活とも積極的に交流しなさい」
紫亜が興味深そうに眉を上げる。
「外の知見を取り入れろ、ということですか?」
「そう。
閉じた研究は、必ず歪むわ」
その言葉に、俺は少し背筋が伸びた。
と、その時。
沙羅先生の視線が、俺の手元に止まる。
「……あら?」
俺の手に握られていたもの。
「玲磁くん。
その手に持っているものは……彪我くんから貰った物?」
——氷の薔薇。
溶ける気配もなく、淡く光を反射している。
精度の高い、完成度の高い氷魔法。
「あー……」
一斉に、視線が集まる。
「どうしよう、これ」
沙羅先生が、意味ありげに微笑む。
「彼が、男の子に薔薇を渡すなんて珍しいわね……。
もしかして……そういうこと?」
「いやそれはないです!」
即答した。
「完全に流れでそうなっただけで!
深い意味は一切ないです!」
「怪しいわね」
即、返ってくる。
紫亜が楽しそうに口を挟む。
「否定すると、余計に怪しまれるわよ?」
明日香が困ったように笑い、
遥花は少し顔を赤くして俯く。
大河は腕を組んで豪快に笑った。
「はっはっは!玲磁も色々大変だな!」
夢威は、薔薇をじっと見てから一言。
「……きれい……」
俺は、深く溜息をついた。
「……まあ、いいや
決闘部との交流記念ってことで」
窓辺に近づき、そっと氷の薔薇を置く。
外の光を受けて、静かに輝くそれは、
今日という一日の象徴みたいだった。
沙羅先生は、満足そうに頷いた。
「いいじゃない
その薔薇が融ける頃には……また、次の課題が見えているでしょうね」
俺は、仲間たちを見回す。
疲れてる。
でも、誰一人として後悔していない顔。
(……次は)
決闘じゃなくてもいい。
研究でもいい。
でも、確実に——前に進んでいる。
そんな確信だけが、静かに胸に残っていた。




