#142 分岐点
その時だった。
決闘部側の一角で、
ずっと腕を組んで黙って眺めていた男が、ゆっくり立ち上がった。
陶之助。
空気が、わずかに沈む。
「おい……」
低く、よく通る声。
「いつまで見てるんだ」
「――“合研部の部長”さんよぉ……」
一瞬で、視線が俺に集まった。
(……来たか)
悪ガキトリオの一人。
いつもなら背中を預ける相手。
だが今は――敵だ。
「スエ……」
俺は思わず、ため息をついた。
「俺、決闘マジで苦手なんだけど」
「前に皓とやって、ボコボコにされたの見てただろ?」
冗談めかして言ったつもりだった。
でも、陶之助は鼻で笑っただけだった。
「あぁ?」
「関係ねぇよ」
一歩、前に出てくる。
「仲間がほとんどやられてんだぞ」
「てめぇは、黙って見てるつもりかよ?」
……胸の奥が、ちくりと痛んだ。
その瞬間、
魔法倫理学の教室で聞いた、あの声が蘇る。
——あなたは
——“誰よりも、他人を傷つけたくない”と願っている。
——だから、自分の力を封じ続ける。
(……ああ)
(確かに、そうだ)
俺は、傷つけない理由を探して、
ずっと逃げてきた。
でも——
遥花が、思い浮かぶ。
決闘向きじゃないのに。
勝てないと分かっていたのに。
それでも、正面から立った。
(……やるしかねぇか)
俺は、ゆっくり息を吸った。
「もう逃げねえよ」
自分の声が、思ったより落ち着いていて驚いた。
「決闘の立ち回りも学んだ」
「……ちゃんと、勝ちに行く」
陶之助の口角が、わずかに上がる。
「なら、さっさと準備しろ……」
結界が展開される。
「——第6戦
決闘部・京極 陶之助
対
合研部・天竜 玲磁」
開始。
(……まずは、焦らない)
俺は時属性を抑え、
身体強化と基礎魔法に集中する。
火で牽制。
水で間合い調整。
風で位置取り。
土で防御。
(全部、学んだ通りだ)
陶之助の闇が、滑るように迫る。
(速い……でも、読める)
影の刃を避け、
風で距離を切る。
(皓の雷より直線的じゃない)
(紫亜ほど精密でもない)
——なら。
水の霧で視界を曇らせ、
土で足場を崩す。
一瞬、陶之助の動きが鈍った。
(……いけるか?)
その瞬間。
「甘ぇんだよ」
闇が、裏から来た。
背後。
完全に、読み負け。
衝撃が走り、
身体が宙を舞う。
結界に叩きつけられ、
視界が白くなる。
「勝負あり!」
……完敗だった。
俺は、地面に座り込みながら、息を吐く。
「……まだまだだな、俺」
自嘲気味に言ったが、
不思議と、後悔はなかった。
「でも……悪くないな」
陶之助が近づいてくる。
「相変わらず表情に余裕があるのだけがムカつくが……」
少しだけ、真面目な顔で言った。
「全力でやったんだろうな?」
俺は顔を上げる。
「当たり前だろ?」
即答だった。
陶之助は、ふっと息を吐いた。
「……ならいい」
そのやり取りを見ていた皓が、腕を組んで言う。
「あいつさ。前より、格段に決闘慣れしてたな……」
ニヤッと笑う。
「スエ、次やったら負けるんじゃね?」
陶之助が即座に振り向いた。
「黙れ雷ガキ」
「またそれかよ!!
同い年だろ!?」
決闘場に、笑いが戻る。
俺はその光景を眺めながら、静かに思った。
(……負けた)
(でも)
(ちゃんと、前に進んだ)
決闘は苦手だ。
今も変わらない。
それでも——
逃げなかった。
それだけで、今日は十分だと思えた。




