#141 戦う理由
「……私も……やってみる……」
その声は小さくて、
でも、決闘場のざわめきを確かに切り裂いた。
俺は思わず遥花の方を見た。
桜 遥花。
決闘が得意なわけでもない。
攻撃特化でもない。
正直、この流れで出すには——最悪の選択だ。
(……分かってるだろ、それ)
それでも遥花は、
両手を胸の前で握りしめながら、前に出てきた。
あの日。
俺たちが約束した日のことが、脳裏をよぎる。
——一緒に、強くなろう。
右京先輩が、静かに口を開いた。
「纏」
その一言で、
決闘部側から一人、前に出てくる影があった。
銀色がかった長髪。
整いすぎた顔立ちを、さっきから何度も鏡で確認していた男。
「くれぐれも、優しく教えてやれ」
右京先輩の声は淡々としている。
「はぁ……」
男——纏 彪我が、わざとらしく肩を落とした。
「あんな可愛い女の子と決闘するなんて、正直気乗りしないんですけどねぇ」
「でも、会長の頼みなら……仕方ない」
その瞬間、
合研部側から殺気にも似た空気が立った。
「……始まる前から腹立つわね」
紫亜が腕を組み、低く呟く。
「気をつけて、遥花」
「あの人、すぐナンパしてくるから」
「同感……」
明日香も眉をひそめる。
「同じ氷属性としては尊敬できるけど」
「……あの性格だけは無理」
俺は遥花の前に一歩出た。
「遥花」
「無理はするな」
「でも……逃げるな」
遥花は、俺を見て小さく頷く。
「……うん」
「後ろに、みんながいるの……分かってる」
その目は、怖がっている。
それでも、逃げていない。
(……ああ)
(それでいい)
右京先輩の声が響く。
「——第5戦
決闘部・纏 彪我
対
合研部・桜 遥花」
結界が閉じる。
彪我は開始前から、余裕の笑みを浮かべていた。
「大丈夫ですよ、お嬢さん」
「怖かったら、すぐ降参しても——」
「……しません」
遥花の声は震えていたが、
言葉ははっきりしていた。
開始。
次の瞬間、
彪我の足元から氷が走る。
——速い。
洗練された氷の軌道。
攻撃と移動を同時に成立させる、決闘向けの魔法。
遥花は即座に地面へ手をついた。
土が盛り上がり、
防壁——だが厚みが足りない。
氷の刃が、壁を砕く。
「ほらほら、ちゃんと見てないと——」
彪我の声は軽い。
完全に、実力差がある。
それでも——
遥花の魔法は、違った。
砕けた土の隙間から、
蔓が伸びる。
花が咲く。
氷の上に、
淡い緑と白が広がっていく。
(……あ)
観客席が、静まった。
それは攻撃じゃない。
足止めでも、拘束でもない。
ただ——美しい。
氷と土と、
その間に芽吹く“生命”。
彪我の動きが、一瞬だけ鈍る。
「……へぇ」
本気の一撃が来た。
巨大な氷槍が、正面から叩き込まれる。
防げない。
遥花は吹き飛び、
結界の端に倒れた。
「勝負あり!」
彪我の圧勝だった。
……だった、はずなのに。
「ちょっと!!」
誰かが叫んだ。
「女の子にあんな攻撃するなー!!」
「やりすぎだろ!!」
「顔はいいけど性格最悪!!」
ブーイングが、決闘場を包む。
彪我は目を丸くし、慌てて手を振った。
「え!?いや、公式ルール通り——」
「うるさい!!」
完全に、悪者扱いだ。
遥花は起き上がり、
ふらつきながらも、ちゃんと頭を下げた。
「……ありがとうございました」
その一言で、
さらに空気が揺れた。
(……これが)
(遥花の強さだ)
決闘には向いていない。
勝てもしなかった。
それでも——
誰よりも、心を動かした。
俺は、静かに息を吐く。
(負けたけど)
(……悪くない)
決闘場の流れが、
ほんの少しだけ——変わり始めていた。




