#135 特別監督生
夕方の校舎は、さっきまでの異常が嘘みたいに静かだった。
屋上で感じた冷たさは消えて、じっとりとした夏の湿気が肌に戻ってくる。
(……戻ってきたな、現実に)
部室の前に立った瞬間、
俺は嫌な予感しかしなかった。
ドアを開ける。
——そこにいた。
右京先輩が、腕を組んで立っている。
冷房も入っていないのに、空気だけがひやりと締まった。
視線が、ひとりずつ流れてくる。
逃げ場なし。
「ふぅ……」
深く、しかし重たい溜め息。
「お前たち、やってくれたな」
金色の瞳が、こちらを貫く。
怒っている……というより、処理に追われた人間の目だ。
「校舎の外、一面雪景色だったぞ。職員会議は紛糾、気象班は半泣きだ。
これを“自然現象”だと納得させるのに、どれだけ骨が折れたと思う」
いや夏の雪を納得させられるお前のカリスマ性が凄い…とは言えない。
誰も言い返せない。
夢威ですら眠そうな目を少しだけ開けている。
明日香が、無意識に一歩下がった。
その前に、昴が立つ。
——ああ、完全に守る側だ。
右京先輩はそれを一瞥し、淡々と続ける。
「環境情報の改竄は、世界規模で影響を及ぼす。
特に局所気象は危険だ。連鎖反応を起こす可能性がある」
視線が、明日香に定まる。
「次からは気をつけろ。鴇任」
責める語調ではない。
だからこそ、重い。
明日香はうつむき、かすれた声で返す。
「……はい」
その場の空気が、必要以上に沈みかけた。
(このままだと、あとでまた引きずるな)
俺は、わざと軽く息を吐いてから口を開いた。
「先輩って……青春とか縁なさそうですもんね」
——やっちまった、という顔を
大河と遥花が同時にした。
部室の温度が、一瞬でゼロになる。
右京先輩のまつ毛が、ピクリと動いた。
「……くだらん」
それだけ。
怒鳴らない。
威圧もしない。
本当に心底どうでもいいという声音。
(あ、これはこれで効くやつだ)
俺は肩をすくめて笑う。
「ですよねー」
右京先輩は、もう俺に興味を失ったように視線を切り替えた。
「本題に入る」
空気が変わる。
この人は切り替えが異常に速い。
「三属性合体は極めて難度が高い。その補助のため、空属性である私が呼ばれた
——まずは、お前たちの“合体魔法の現在地”を見せてもらう」
紫亜が、口角を上げた。
「どうせなら……新しい組み合わせを試してみましょう。明日香」
名を呼ばれ、明日香は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「……今なら
紫亜さんの闇とも、同調できそう」
(ほう)
さっきの屋上を経て、
精神の波長が揃ってきてる。
二人が、静かに距離を取る。
紫亜の闇が、床に影を落とす。
明日香の氷が、空気中の水分を捕まえる。
——融合が、自然すぎる。
<シャドウ・プリズム>
影が立ち上がり、
六角柱の牢獄を形作る。
内側から、白い息が漏れた。
(……やば)
闇が遮断し、
氷が固定する。
逃げ場も、崩壊も許さない構造。
右京先輩の目が、わずかに細くなる。
「……ほう」
それだけだが、
評価している時の反応だ。
紫亜は涼しい顔で言う。
「闇は“閉じる”だけでは意味がないの
内部干渉があってこそ、完成する」
明日香は小さく息を整えながら続ける。
「……氷は、感情が安定してないと割れる
今は……大丈夫」
昴が、何も言わずにそれを見ている。
(……ちゃんと、支えになってるな)
右京先輩が、腕を解いた。
「及第点だ。合研部としては、むしろ上出来だろう」
その一言で、空気が一気に緩んだ。
「だが——」
全員、背筋が伸びる。
「お前たちは“才能がある”分、危険だ
自覚しろ。制御できない力は、力とは呼ばない」
沈黙。
右京先輩は、ドアの方へ向かいながら言った。
「今日はここまでだ。……あと、天竜」
振り返らずに。
「次に余計なことを言ったら、
本気で測定に回す」
俺は苦笑した。
「それはそれで、楽しそうですけどね」
返事はない。
ドアが閉まる音だけが残った。
部室に、ようやく普通の空気が戻る。
夢威が伸びをする。
「……お腹すいた」
全員、どっと息を吐いた。
(——合研部、やっぱりとんでもないな)
でも、
この七人なら、たぶん大丈夫だ。
俺はそう思いながら、
まだ冷えきらない床に視線を落とした。




