#131 短距離走
鍛錬場の空気が、ぴんと張りつめた。
忍先生が、ぱん、と手を叩く。
その音だけで、ざわついていた一年全体が一気に静まった。
「——ではこれより、身体強化術ありの短距離走・計測を行います。
一年生全員、配置につきなさい!」
……この規模は久しぶりだな。
百五十人。
モブも含めて全員。
普段はクラスごとだが、こうやって学年全体で並ぶと、
才能の密度が露骨に分かる。
列を離れて計測位置に向かおうとしたとき、
皓が目を剥いた。
「おい、玲磁。走らねえのかよ?」
俺は肩越しに振り返る。
「走ったら計測にならないだろ。
だって俺が走ったら——」
自分の目を指して、笑う。
「“記録”じゃなくて“事故”になる」
陶之介が、予想通りの反応でため息をついた。
「正しい判断だ。
お前が本気で走ったら、風圧で何人か転ぶ」
忍先生もくすっと笑った。
「というわけで、天竜くんには私と一緒に計測係をお願いします。
タイムの魔法時計を」
「はいよ先生」
手のひらに時魔法を集める。
銀色の魔法陣が展開し、空中に精密なストップウォッチが複数浮かぶ。
「計測なら、俺の魔法が一番正確ですから」
スタートラインに、次々と一年生が並ぶ。
風が止み、
炎が揺れを潜め、
水の気配が静まる。
蒼南、昴、皓、弥来、夢威、莉亜、陶之介……
名前を知っているやつも、知らないやつも、全員が本気の顔だ。
(……やっぱ、この学年おかしい)
紫亜が腕を組んで、ぼそっと言った。
「化け物が多すぎるわね……」
魅亜は逆に目を輝かせている。
「え、やばい!
全員速そうで、誰応援したらいいか分かんない!」
遥花がこっちを見て、小さく手を振った。
俺が頷くと、ぱっと笑顔になる。
(……よし、ちゃんと見てやるか)
「位置について——!」
忍先生の声が鋭く響く。
昴の足元で、炎が小さく灯る。
蒼南の周囲に、風が集まり始める。
夢威はぼーっとしてるようで、足裏だけが地面を正確に捉えている。
皓の雷が、ぱちっと弾けた。
陶之介は闇を低く引き延ばし、重心を落とす。
莉亜は静かに息を整え、水面みたいに心を落ち着かせている。
弥来は兄を横目に、牙を剥くような笑み。
「兄さんには負けないよ」
「——よーい」
全員の集中が、一点に収束する。
「スタート!!」
――一斉に、世界が弾けた。
■ 1位:仁公儀 蒼南
(……うわ)
風が地面を削り、
蒼南の身体が“線”になる。
走ってる、というより――
風そのものが駆け抜けていく。
思わず口笛が出た。
「……速すぎ。
完全に別次元だな」
■ 2位:篝火 昴
次に伸びたのは、炎の軌跡。
背後で爆ぜた火力を、そのまま推進に変えている。
「蒼南には届かないか……
でも、この伸びは相当だ」
忍先生も、感心したように頷いた。
■ 3位:風鈴 夢威
夢威の走りは……相変わらず、読めない。
重い一歩。
軽い一歩。
そして、風に乗る三歩目で前に“跳ぶ”。
「え、今の何!?」
「ワープじゃね!?」
違う。
あれは、風の層を踏んでる。
(……やっぱ、天才だな)
■ 4位:幸崎 皓
雷鳴が地面を走る。
瞬発力だけなら、トップクラスだ。
「雷属性の加速、やっぱ反則だろ」
俺も素直に認める速度。
■ 5位:佐々峰 莉亜
莉亜は、静かだった。
ブレない。
乱れない。
速さよりも、完成度。
紫亜が小さく息を吐く。
「……莉亜姉、完成されすぎでしょ」
■ 6位:京極 陶之介
黒い影が、端を滑るように抜けていく。
「こんなものだな」
手を抜いているようにも見える。やはりやろうと思えばなんでも出来るタイプだ。
■ 7位:幸崎 弥来
最後に雷光を散らして突っ込んできた。
「……兄さんより下!?
うそでしょ!?」
皓が鼻で笑う。
「順位ってのは正直なんだよ」
全ペアの計測が終わり、
忍先生が記録魔導板を掲げた。
「以上です。
蒼南くん、圧巻でした。
昴くん、夢威さん、素晴らしい成長です。
皓くん、陶之介くん、弥来さんも良い走りでした」
そして、莉亜を見る。
「佐々峰さん……
あなたの安定性は、驚異ですね」
莉亜は控えめに会釈した。
最後に、忍先生の視線が俺に来る。
「そして——
本気で走ったら、全員を置き去りにする天竜くん」
俺は肩をすくめる。
「まあ……
俺が走るのは競技じゃなくて事故ですから」
どっと、学年全体に笑いが広がった。
こうして、
一年生合同・身体強化術の短距離テストは終わった。
――そして俺は、
(……この学年、ほんと油断ならないな)
と、改めて思うことになる。




