#130 不規則な風
演習場の空気は、まだ俺の魔力の余韻でざわついていた。
でも――それとは別に、もうひとつ。
(……風が、おかしい)
一定方向じゃない。
流れでもない。
点在して、気まぐれに吹く風。
まるで誰かが
「今ここ」「次はあそこ」
って、好き勝手に出入りしてるみたいな。
俺が足を止めた、ちょうどその瞬間だった。
前方に、ふわりと影が跳ねる。
深緑の髪。
猫耳みたいに跳ねたクセ毛。
眠そうな目が、細く笑った。
(……夢威?)
「玲磁はすごすぎるけど……
私もスピードなら、負けてないよ」
声はいつも通り、のんびり。
でも着地が――静かすぎる。
(……今、どこから来た?)
本気で分からなかった。
視界の端にも、気配にも、いなかった。
なのに、普通に“そこにいる”。
瑞翔が小さく瞬きをしてるのが見えた。
(……だよな。俺だけじゃない)
夢威は、気配が薄いわけじゃない。
むしろ風属性らしく、存在感はある。
ただ――
気づくと、いる。
気づくと、いない。
風そのもの。
忍先生の視線が、鋭くなるのを感じた。
「面白いですね……
あなた、動きの“リズム”が普通ではありません」
夢威は首をかしげる。
「んー……リズムっていうか。
風の気まぐれに合わせてるだけだよ」
そう言って、一歩踏み出す。
一歩目。
重い。
二歩目。
軽い。
三歩目――
消えた。
(……っ!?)
次の瞬間、
十メートル先に、何事もなかったみたいに立っている。
「なっ……!」
皓の声が裏返った。
「あいつ今、一瞬“飛んだ”だろ!?
風で加速とかそういう次元じゃねえぞ!」
陶之介が、低く分析する。
「飛んでない。
途中で“踏んでない”だけだ。
空気の層を蹴って跳んでる……」
(……なるほど)
莉亜は目を見開き、
紫亜はわずかに息を詰め、
魅亜は完全に固まり、
遥花は小さく「すご……」と呟いていた。
夢威本人だけが、無自覚だ。
(……こいつ)
俺は思わず声をかけた。
「夢威……
お前、いつも眠いとか腹減ったとか言ってるのに、
なんでそんなキレのある動きできんだよ」
夢威は、ちょっと考えてから答える。
「ん……
なんか、楽しいから?」
その瞬間、風が巻いた。
視界から、夢威が溶ける。
次の瞬間――
俺の真横。
音も、気配も、前兆もなし。
「玲磁の真似、できるかなって思って」
(やめろ心臓に悪い)
忍先生の口元が、わずかに上がった。
「あなたは“風の本能”で動くタイプですね。
天竜くんが理を歪めるなら、
あなたは――もっと自由」
一拍置いて、はっきり告げる。
「素質は、学年でもトップクラスですよ」
夢威は、ぱちぱちと瞬きを二回。
「そっか……
良かった。
お腹すいた」
全員、盛大にずっこけた。
「いや今の流れでそれ!?」
皓が頭を抱え、
陶之介も小さくため息をつく。
でも、その顔に苛立ちはなかった。
ただ――呆れ。
(……分かる)
俺も内心、同じだった。
(天才なのは分かってたけど……
授業でここまで出してくるとはな)
胸の奥に、じわっと熱が灯る。
(……強い)
合研部の自由人。
のんびり風属性。
そんなラベルじゃ収まらない。
忍先生が、俺と夢威を見比べた。
「では——
天竜玲磁、風鈴夢威」
空気が締まる。
「今日からあなたたちは
スピード班のセンターです」
……来た。
「身体強化の“最前列”で、鍛えましょう」
思わず声が出た。
「絶対しんどいやつじゃん!」
夢威も即答。
「……え、前で走るの?
お腹すくのに?」
(知るか)
でも――
悪くない。
時と風。
理と本能。
並んで走るには、
ちょうどいい相手かもしれない。
こうして俺たちは、
“異能コンビ”として
正式に目立つ側へ引きずり出された。
……平穏な授業は、もう来ないな。




