#127 先生の過去
放課後の薄日が、教室の床に斜めの影を落としていた。
いつもなら騒がしい1-Eが、沙羅先生が教卓に立った瞬間、嘘みたいに静まる。
「まずは……みんな、よく頑張りました」
柔らかい声なのに、背筋が自然と伸びる。
この人の言葉には、経験の重みがある。
「今回の学科試験。
Eクラスから一位を取った生徒は、過去にも数名います。
でも――満点での一位は、歴代で初です」
空気が、わずかに揺れた。
視線が集まるのが分かる。
隣の瑞翔でさえ、少し姿勢を正していた。
「本校の学科試験は、在校生でも満点は滅多にありません。
今回の二名――あなたと、Aクラスの佐々峰紫亜。
どちらも今後のアルテリアを担う才能です」
……やめてくれ。
俺は思わず頭をかいた。
「いや、そんな大層なもんじゃ……」
「謙遜しないでください。事実を伝えているだけです」
軽く睨まれて、口をつぐむ。
そのとき、魅亜が元気よく手を挙げた。
「先生って、学生時代の学科成績はどうだったんですか?」
(……そこ行くのか)
瑞翔が小声で「それ聞くんだ……」と呟き、
俺は思わず吹き出した。
「サラっと危ないこと聞くな」
教室がくすっと笑う。
沙羅先生は一度だけため息をつき、
ぐるりとクラス全体を見回した。
「……このクラスから満点の一位が出た記念に、
少しだけ昔話をしましょう」
その目が、ほんの一瞬だけ遠くを見る。
⸻
――風の音が、やけにうるさい。
校庭裏。
壁にもたれて、黄緑の髪の少女が舌打ちしている。
「……はぁ。クソ。
勉強なんて、やってられるかっての」
荒れた言葉。
でも、その背中には、焦りと苛立ちが張り付いていた。
そこへ、腹の底から響く笑い声。
「よう! 嵐の問題児がまたサボってるな!」
振り向いた瞬間、目を見開く。
「うわ!? なんだよ校長! いつからいたんだよ!」
「さっきからだ。気づけよ。風のくせに」
「うっさいな……!」
言葉が火花になり、
気づけば魔法陣が展開されていた。
風が走り、地面がえぐれ、
直感と直感がぶつかり合う。
――でも。
「……っ、勝てねぇ……
生まれて初めて……負けた……」
膝に手をつき、歯を食いしばる少女。
その頭に、無遠慮な手がぽん、と乗る。
「直感に頼りすぎだ。
お前は強いが、そのままじゃ伸びねぇ」
太陽みたいな笑顔。
「正しい知識をつけろ。
本気で生きていたいなら、なおさらだ」
言葉が、胸に突き刺さる。
「……」
「さあ、生徒に戻れ。授業中だぞ」
それが――
嵐の問題児と、校長の最初の出会いだった。
⸻
「……というわけで」
現実に引き戻される。
「私の入学当時の成績は、実技1位。学科150位」
教室が一瞬、静まり返り――
「いや極端すぎだろ!!!」
気づいたら、俺は立ち上がりかけていた。
瑞翔も呆然としている。
「……先生、そんな感じだったんですね……」
魅亜は目を輝かせ、
「なんか……カッコいい……」と呟き、
虹矢は「へぇー!先生もワルだったんだな!」と騒ぎ出す。
理紅虎が苦笑しながら止めていた。
沙羅先生は、少しだけ頬を赤くして咳払いする。
「勉強ができなかった過去の私でも、努力で変われた。
みんなも、確実に伸びています。胸を張りなさい」
その声は、優しくて、強い。
「玲磁の満点は特別です。
でも、全員が前より強くなっている。
次の期末では――もっと上を狙える」
俺は、ふと周りを見る。
魅亜、遥花、理紅虎、瑞翔、虹矢。
どこか誇らしげな顔。
(……ああ)
このクラスは弱くない。
むしろ――伸びしろの塊だ。
「以上でホームルームを終わります。
……お疲れさま。ゆっくり休みなさい」
教室に、温かい拍手が広がった。
胸の奥に、確かな実感が残る。
(俺たちは、まだ途中だ)
でも――
このクラスなら、どこまででも行ける。




