#119 一生に一度
演習場には、まだ熱が残っていた。
焦げるほどじゃない、でも確かに“火が生きていた”名残。
魅亜は、火竜が消えた空間を、ただ見つめていた。
涙で濡れたままの目で、現実を確かめるように。
「……終わったな」
俺はそう言って、肩の力を抜いた。
「よくやった、魅亜」
「……うん……っ」
声は小さい。
でも、逃げていない声だった。
——その時。
バアンッ!!!
演習室の扉が、勢いよく開いた。
「わっ……!」
理紅虎が肩をすくめ、
瑞翔が目を見開く。
「え……Aクラス……?」
視線を向けると、そこに立っていたのは二人。
Aクラスの制服。息を切らし、周囲なんて見ていない。
ただ一直線に、魅亜だけを見ていた。
(……佐々峰家か)
佐々峰 莉亜。
佐々峰 紫亜。
佐々峰三姉妹の上二人が、
授業を抜け出して、ここまで来た。
「……え……?」
魅亜が、呆然と声を漏らす。
「莉亜姉……紫亜姉……?」
次の瞬間、莉亜が走った。
「——魅亜!!」
迷いも、躊躇もなかった。
そのまま、力いっぱい抱きしめる。
「……よかった……っ……!!
ようやく……火を……!」
その声で、俺は悟った。
(……ああ)
泣いてる。
あの冷静沈着で、完璧だと聞いていた長女が。
魅亜が、驚いたように目を瞬かせる。
「り、莉亜姉……泣いてる……?」
「泣くに決まってるでしょう」
莉亜は、声を詰まらせながら言った。
「あなたが……ずっと火を怖がって……
それでも今日……自分の力で……!」
言葉が続かない。
ただ、強く、強く抱きしめる。
魅亜も、耐えきれなかったみたいに、
泣き笑いで姉にしがみついた。
その隣に、紫亜が静かに膝をつく。
魅亜の髪に、そっと触れた。
「……魅亜」
低く、落ち着いた声。
「よく、ここまで来たわね」
「紫亜姉……?」
紫亜は笑った。
涙は見せない。けど、声がわずかに震えている。
「あなたは、まだまだこんなものじゃない。
火に怯えていた頃の魅亜は、もうどこにもいない」
一拍置いて、はっきり言う。
「早く、私たちのところまで来なさい。
——三姉妹は、誰も欠けちゃだめなのよ」
魅亜の目が、大きく潤む。
「……うん……!」
涙を拭いながら、でも真っ直ぐに。
「あたし……負けない……!
火を……ちゃんと使えるようになる!!」
その光景を見ながら、俺は思った。
(……初めてだな)
三姉妹が、
“火”じゃなく“魅亜自身”を中心に揃ったのは。
——そして。
ようやく空気が落ち着いたところで、
沙羅先生が腕を組み、ため息をついた。
「……あなたたち。
授業を抜け出すのは——」
俺は、一歩前に出た。
考えるより先に、体が動いていた。
「先生」
そっと、沙羅先生の肩に触れる。
「今日は……言わなくていいですよ」
沙羅先生が、俺を見る。
「魅亜が火を克服した瞬間です。
家族にとっても、魅亜にとっても……
たぶん、一生で一度のタイミングです」
視線の先。
紫亜と莉亜に挟まれ、魅亜が笑っている。
泣いて、笑って、ちゃんと立っている。
沙羅先生は、しばらく黙っていた。
そして、ふっと息を吐く。
「……分かったわ」
腕を解き、視線を緩める。
「今日だけは、特別よ」
「ありがとうございます」
沙羅先生は、小さく笑った。
「……本当に、特別な世代ね。
あなたたち——1年Eクラスは」
風が、静かに流れた。
教師としてじゃない、
“人”として選んだその一言が、
この場を、確かに肯定していた。




