#118 トラウマとの対峙
魅亜が、ゆっくりと両手を上げた。
指先は震えていた。
でも――声は、逃げていなかった。
「〈アルナ=レグル・ファルガ〉——
火竜よ!!」
次の瞬間、空気が裂けた。
——轟ッ!!!
爆音とともに、真紅の炎が弾ける。
演習場の中央に、巨大な火竜が巻き上がった。
思わず、息を呑む。
(……でかい)
瑞翔が声を失ったように呟くのが聞こえた。
虹矢は、完全にテンションが振り切れている。
だが、俺はすぐに違和感を覚えた。
火竜が……言うことを聞いていない。
魅亜の頭上で、火竜が軌道を乱し始める。
天井へ、噛みつくように炎が走った。
「……っ」
一瞬で、天井が赤く染まる。
「魅亜!!
まだ力が回ってねぇ!!」
叫びながら、俺は一歩踏み出した。
魅亜は、その場で立ち尽くしていた。
手が震え、視線が定まらない。
「ダメ……っ
手が……震える……!」
火竜が咆哮する。
熱が、肌を刺す。
瑞翔の焦った声が飛ぶ。
沙羅先生が風で天井を押し返すが、表情は険しかった。
「……やっぱり“ここ”ね。
根が、まだ残っている……!」
魅亜が、膝をついた。
その姿を見た瞬間、俺は理解した。
(……引きずってる)
火じゃない。
記憶だ。
魅亜は、その場で固まっていた。
唇を噛み、肩を震わせながら。
——そして、空気が変わった。
炎。
悲鳴。
焦げた匂い。
ここにいないはずの“過去”が、魅亜の中で暴れているのが分かった。
「……っ、わたしが……」
掠れた声。
「あの日……火を出しちゃったから……
家が燃えて……!」
涙が、地面に落ちる。
「家族を……!」
胸が、きつく締め付けられた。
「火なんて……使いたくなかった……
もう……誰も傷つけたくないの……!」
俺は、考える前にしゃがみ込んでいた。
魅亜の肩に、そっと手を置く。
「魅亜」
声が、自然と低くなる。
「あの日の火は……お前のせいじゃない」
びくっと、肩が跳ねた。
沙羅先生の声が、重なった。
「あなたの魔力が暴走したのは、年齢と環境の問題。
火属性は、成長期に感情の影響を強く受ける。魔力値が強い子は、特に」
淡々としているのに、逃げ場を与えない声だった。
「事故は……あなたが生きている限り、必ず起きた。
悪いのは、あなたじゃない」
魅亜は、まだ首を振る。
「……でも……」
俺は、少しだけ力を込めて言った。
「じゃあ、今日の“丸い火”は?」
魅亜が、はっと顔を上げる。
「誰も傷つけてねぇ。
あったかかったぞ」
言葉を、続ける。
「お前の火は、人を守れる火なんだよ」
火竜が、まだ暴れている。
だが、魅亜の視線は、もうそこだけを見ていなかった。
「逃げるな。
“今の魅亜”なら……絶対に制御できる」
沙羅先生も、手を伸ばした。
「あなたの火を信じなさい。
あの日の炎じゃなく——
今日、あなたが生んだ火を」
魅亜の瞳に、はっきりと炎が灯る。
「……あたし……」
震えが、止まった。
「火を……もう一度……信じたい……!」
魅亜は立ち上がった。
まだ、火竜は荒れている。
だが、さっきとは違う。
炎が、魅亜の意志を探している。
「……大丈夫」
小さく呟いて、魅亜は胸の前で手を組んだ。
「怖くない……
だって——」
顔を上げ、叫ぶ。
「あたしの火は……
人を守る火だ!!」
——その瞬間だった。
火竜の咆哮が、消えた。
暴れていた炎が、一気に静まる。
輪郭が、柔らかい光に変わっていく。
(……制御した)
火竜は、ゆっくりと魅亜の頭上で丸くなり、
最後には、温かい火の玉になって、静かに消えた。
演習場が、しんと静まる。
沙羅先生が、深く息を吐いて微笑む。
「……よくやったわ、魅亜さん」
俺は、自然と親指を立てていた。
「ほらな。
魅亜の火は、人を守る強さだ」
魅亜は、涙だらけの顔で――笑った。
「……うん……!!」
その笑顔を見て、俺は思った。
(これで一つ、越えたな)
第二章は、ここからさらに動き出す。




