#113 魔法の標的
朝の空気は、思ったより冷たかった。
夜明けの風を浴びたせいか、頭は冴えているのに、胸の奥にだけ妙なざわつきが残っている。
赤ノ寮へ戻る途中、廊下で瑞翔と鉢合わせた。
「朝早く部屋を出てるなんて珍しいね」
「……ああ、ちょっとな」
深くは聞かれなかった。
瑞翔はいつも、踏み込みすぎない。
少し歩いたところで、彼が思い出したように言う。
「そういえばさ」
差し出されたのは、見覚えのあるメモ帳。
「部屋に忘れてたでしょ。返しておくよ」
心臓が、一瞬だけ跳ねた。
「……あ、サンキュ」
瑞翔はいつもの調子で、いつもの顔だった。
中身を覗いた様子はない。
(……助かった)
あの夢のメモを見られてたら、
さすがに「変なやつ」認定は免れなかっただろう。
演習場に着くと、すでに1-Eはほぼ揃っていた。
桜 遥花。
佐々峰 魅亜。
理紅虎。
虹矢。
瑞翔。
そして、俺。
総勢30人。
いつもの顔ぶれに、少しだけ安心する。
そこへ、担任の沙羅先生が現れた。
「おはよう。今日は——」
先生は一度、全員を見渡す。
「より実践的な魔法を演習します」
そう言って、演習場の中央に設置された標的の前へ歩み出た。
「こんな感じ」
沙羅先生が軽く腕を振る。
次の瞬間、鋭い風刃が放たれ、
標的を正確に切り裂いた。
——直後。
的の表面が、緑色に変化する。
「このように」
先生は淡々と説明する。
「ターゲットは、受けた属性に応じて色を変えるわ。
火なら赤、水なら青、土なら茶、雷なら黄……
自分の魔法が“どう当たったか”を可視化するための装置よ」
なるほど。
ただ当てるだけじゃなく、質まで見られるってわけか。
「今日は、威力より“正確さ”と“制御”を重視する。
暴走させたら減点だから、そのつもりで」
一瞬、先生の視線が俺をかすめた気がした。
(……はいはい、分かってます)
こうして、
第二章最初の授業——
属性攻撃演習が始まった。
まだこの時は、
この演習が“何かを引き金にする”なんて、
誰も思っていなかった。




