#106 相棒
部室を出た瞬間、昴が足を止めた。
「……ちょっと散歩しねぇ?」
夜の校舎は静かで、昼間の熱が嘘みたいに引いている。
珍しく回りくどい言い方だな、と思いながら、俺は肩をすくめた。
「帰り道じゃなくて、寄り道の方」
その一言で、だいたい察した。
黙って後ろをついていく。
校舎裏。
夜風が強くて、木々の影が揺れている。
人が来る気配はない。
昴はしばらく黙ったまま、校庭を見ていた。
「……今日さ」
やっと、口を開く。
「明日香、ちょっと変わってた」
「いい感じだったな」
軽く返すと、昴は小さくうなずいた。
「……ああ」
それから、少し間が空く。
「……昔、俺……あいつに最悪なこと言ったんだよ」
俺は何も言わない。
ただ、横に立って聞く。
「“氷って寂しいよね”ってさ。
あいつが一番、言われたくないことだったのに」
昴の拳が、ぎゅっと握られる。
「俺、ガキでさ。
何も考えてなくて……最低だった」
夜風が、頬を冷やす。
「今日の薬草学で……
あいつ、氷を誇りにしてた。笑ってたんだ」
声が、少しだけ震えた。
「それ見て……すげぇ安心した。
でも同時に……怖くもなった」
「なんで?」
「もし……俺より強ぇ奴……たとえば、玲磁とかがさ」
一瞬、こっちを見る。
「……あいつをちゃんと理解して、支えたら……
俺は、そこに入れないのかなって」
思わず、吹き出した。
「昴、ほんとめんどくせぇな」
「……笑うなよ」
「俺150位。お前2位。
自信ないところまで、幼なじみで似ちまったのか?」
昴はむっとした顔をしたが、否定しなかった。
「お前が負けるのはさ、
魔力とか実力とかじゃねぇよ」
風が吹き抜ける。
「“逃げた時”だけだ」
昴が、少し目を見開いた。
「なぁ、昴」
俺は夜の校庭を見ながら続ける。
「負けたくねぇなら、
“理解しようとする努力”だけはやめんな」
「……」
「魔法と一緒だろ。
相手を知らなきゃ、本当に強い合体魔法なんて作れねぇ」
沈黙が落ちる。
昴は、ゆっくり息を吐いた。
「……お前ってさ」
「ん?」
「本当に……変な奴だよな」
「それ、褒めてる?」
「ああ。褒めてる」
少し照れたように、視線を逸らす。
「お前と話すとさ……
なんか気持ちが軽くなるんだよ。
……悔しいけど」
「じゃあ、もっと頼れよ」
俺は肩を鳴らす。
「俺、なんだかんだで“相棒”だと思ってるし」
昴が、はっとした顔をして──
それから、ゆっくり笑った。
「……相棒、ね」
「悪ガキトリオも、合研部も、全部背負った上で」
昴の声が、少しだけ強くなる。
「俺は──
“お前の横”に立つ」
俺は軽く、拳を突き出した。
「なら、ほら。親友の契り?」
「お前、そんなキャラだったかよ……」
文句を言いながら、昴も拳を出す。
拳がぶつかる。
その感触は、思ったよりずっと重かった。
(こいつには、たぶん一生勝てない)
昴の視線の先で、夜の校庭が揺れている。
(でも──
こいつとなら、一生戦っていける)
その空気が、伝わってきた。
この夜、俺たちはようやく
“唯一無二”になった気がした。




