#104 指名
莉亜が、腕を組んだまま一歩前に出た。
さっきからずっと静かに見ていたくせに、その瞳はもう限界だと言わんばかりに鋭い。
「……そろそろ見たいんだけど」
その視線が、まっすぐ俺に突き刺さる。
隣で蒼南も、小さくうなずいた。
「うん。
今日のいちばんの目的は……時の合体魔法、だよね」
空気が、わずかに変わったのが分かった。
期待と緊張が、部室の中で静かに膨らんでいく。
俺は後頭部に手をやりながら、つい口角が上がってしまう。
(どうせなら……)
「どうせなら、面白いもの見せたいよな」
自分でも分かるくらい、声にいたずら心が滲んでいた。
なぜか、妙にニヤついている自覚もある。
それを見た瞬間、昴が一歩引いた。
「……あ。
これ、やばいやつだ」
その直感は、たぶん正しい。
俺は視線をずらし──
部室の隅で腕を組み、ずっと様子を見ていた人物を見る。
「先生」
その一言で、遥花がびくっと肩を震わせた。
「え、ええっ!?」
夢威はぼんやりしていた表情から、少しだけ目を見開く。
明日香も眉をひそめた。
「……大丈夫かしら」
大河は腹を抱えて笑い出す。
「ははは!
まさか先生を指名するとはな!」
紫亜だけは、最初から分かっていたみたいに微笑んでいた。
「面白い。
やっぱり玲磁くんといると、退屈しないわね」
俺は沙羅先生を見据えたまま、言葉を続ける。
「先生。
毎度毎度、見てるだけじゃ……退屈するんじゃないですか?」
一瞬。
沙羅先生の目が、はっきりと光った。
「……本気?」
その一言だけで、背筋にぞくりと冷たいものが走る。
正直、内心はかなりビビっていた。
(でも、ここで引いたらダメだ)
俺はわざと、今まででいちばん強気な笑い方をした。
手加減されないように。
もっと“奥”を引き出すために。
「まさか……
時魔法、怖いんじゃないですよね?」
「お、おい玲磁……!」
昴が止めに入ろうとしたが、俺は軽く手を上げて制した。
沙羅先生は、しばらく黙って俺を見つめていた。
その視線の奥で、何かが切り替わるのが分かる。
――嵐の問題児。
――学生時代の彼女。
一呼吸置いて、沙羅先生は静かに言った。
「……怖い、ですか。
私に向かって、よくそんなこと言いましたね?」
空気が張り詰める。
「確かに、時魔法は歴史上、前例がない。
そういう意味では……怖い魔法に違いない」
そして、はっきりと。
「だからこそ――面白いんじゃない」
その瞬間、先生は初めて“教師”ではない顔をした。
怖さじゃない。
純粋な、研究者と魔導士の笑顔だった。
「あなたこそ……
私の風についてこられるかしら?」
俺の喉が鳴る。
「……望むところですよ、先生」
次の瞬間。
風(如月 沙羅)× 時(天竜 玲磁)
――<時の奔流>
視界が、弾けた。
風が時間を引き裂き、
時間が風を加速させる。
さらに――
<縮地>
一歩踏み出したはずなのに、
空間そのものを“跳んだ”感覚。
床も、壁も、天井も意味を失う。
「はははははは!
これは最高だわ!」
「……っ、
これは……すげぇ……!」
俺と沙羅先生は、部屋を縦横無尽に駆け巡った。
移動じゃない。
存在位置を書き換えている。
視界の端で、全員が呆然としているのが見える。
昴、夢威、紫亜、遥花、明日香、大河。
そして見学の莉亜と蒼南。
誰一人、声が出ていない。
――数秒。
ふっと、風と時が収束した。
沙羅先生が、その場に立ち止まる。
「……今日は、ここまでね」
一瞬で、教師の顔に戻る。
軽く咳払いをし、場を見渡した。
「いいですか、みなさん。
合体魔法は“力”ではありません」
全員が背筋を正す。
「理解と制御、そして責任。
今日の成果は素晴らしいですが……
同時に、危険もはっきり見えました」
視線が、俺に向く。
「天竜。
あなたは特に、調子に乗らないこと」
「……はい」
でも。
その口元には、わずかに笑みが残っていた。
(……やっぱ、
この人と魔法やるの、楽しいな)
合研部の放課後は、
また一段階、次元が上がった気がしていた。




