#101 時と火の調和
扉が、控えめに二度ノックされた。
次の瞬間、部室の空気が一段引き締まる。
「遅くなったわ。放課後はいつも忙しくなる」
沙羅先生が入ってくる。
その声音はいつも通り落ち着いていて、乱れがない。
肩に風を纏ったような気配すらあって、疲れた様子は一切見せていなかった。
室内を一瞥しただけで、状況を把握したらしい。
「……明日香さんの氷と、遥花さんの土。
合体魔法、成功したようね」
俺は小さく息を吐いてから、正直に言った。
「三属性は今日はおあずけです」
沙羅先生の視線が、俺の目を正確に捉える。
「賢明ね」
一拍置いて、口元がわずかに緩む。
「でも……“時”は試していいんじゃない?」
空気が、また少し変わった。
夢威がふわっと手を挙げる。
「時は……むいの風となら成功した……
だから、他の組み合わせも……上手くいくと思う……」
その言葉に、俺の頭の中で候補が浮かぶ。
――時×闇(紫亜)
――時×氷(明日香)
……どっちも、危険だ。
「今回は、やめとく」
俺は首を振った。
「紫亜と明日香のは、扱い間違えたら取り返しつかない。
だから……」
視線を、昴に向ける。
「落ち着いた火を操れる昴とやる」
昴は一瞬驚いた顔をしたあと、すぐに笑った。
「なるほどな。
派手じゃないけど、制御向きってわけか」
「頼む」
「任せろ」
二人で魔力を合わせる。
火は爆発しない。
熱も広がらない。
昴の炎は“内側で燃える”タイプだ。
そこに、俺の“時”を重ねる。
「……神経強化魔法」
言葉にした瞬間、世界がわずかに伸びた。
<エキスパンドレンジ>
身体の内側を、細い電流のような感覚が走る。
筋肉が軽い。
視界が広い。
“次の動き”が、少し先まで見える。
同時に、周囲の魔力反応が拡張されるのが分かった。
「……っ」
大河が拳を握りしめる。
「す、すげえ……
力が湧いてくる」
明日香も目を見開く。
「不思議ね…これは初めての感覚だわ」
遥花は自分の足元を見て、驚いたように声を上げた。
「わ、私……
こんなに動ける感覚、初めて……」
紫亜は目を細め、完全に研究者の顔になっている。
「想定とは全く違う結果ね……
時間操作が“個人強化”じゃなく、“領域補助”として作用してる……
これは……奥が深いわ」
俺は、正直ちょっとホッとした。
(壊れてない)
その様子を見て、沙羅先生が小さく息をつく。
「身体強化魔法は、本来とても扱いが難しいのよ」
視線が、俺と昴を交互に捉える。
「まさか……
合体魔法で、新しい形が見つかるなんてね」
その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなった。
今日は、暴走してない。
誰も怖がらせてない。
ちゃんと“前に進めている”。
俺は、ゆっくりと魔力を引いた。
「……この組み合わせ、使えますね」
昴が頷く。
「ああ。
戦闘前の準備魔法として、相当強い」
沙羅先生は一度だけ、満足そうに目を細めた。
「ええ。
今日は合格よ、玲磁」
その一言で、
肩の力が、ようやく抜けた。




