#99 氷の時計塔
宇賀神先生の実演が終わると、俺たちは二、三人ずつの小グループに分けられた。
薬草園のあちこちで、生徒たちがしゃがみ込み、草を抜き、匂いを嗅ぎ、効能ごとに束ねていく。
いつの間にか、俺の視界の端で――
大河と琉月が並んで作業していた。
正直、少し意外だった。
琉月は薬草籠を抱え、光苔をそっと指で撫でている。
「大河さん。この“光苔”……触ると少し温かいんです。
光属性に反応して、魔力を蓄える習性があって……」
大河は完全に不意を突かれた顔をした。
「へえ……よく知ってんな」
「……家の教育方針なんです。
小さい頃から、薬草と聖水の見分け方は叩き込まれました」
琉月はそう言って、少し恥ずかしそうに視線を落とす。
育ちの良さと、控えめな性格が、その仕草だけで伝わってきた。
大河はしばらく彼女を見てから、がははと豪快に笑った。
「いや、すげぇよ!
俺なんか土いじりしか得意じゃねぇからな!」
琉月がぱち、と目を瞬かせる。
「そんなこと……ないと思います。
大河さん、アースヒール、とても上手ですよね?」
「おっ……?」
「実技で誰かが怪我すると、すぐ治しに行ってます。
その時の魔力の流れ……すごく、綺麗でした」
その瞬間、大河の動きが止まった。
耳まで一気に赤くなる。
「……お、おう……
へへ……照れるな……」
言った本人の琉月も、慣れない“褒め”に顔を赤らめている。
二人の間に、特別な沈黙が流れた。
ぎこちないけど、不思議と居心地の悪くない空気。
少し離れたところで、その様子を見ていた朝が、俺の肩を肘で軽くつつく。
「なあ玲磁、見ろよ。
大河……なんか新境地入ってない?」
「大河って、ああ見えて回復魔法職人だからな。
ああいう子と相性いいんじゃね?」
「だよな!
……ってか琉月ちゃん今日も可愛いなぁ」
「お前は黙っとけ」
朝は楽しそうに舌を出した。
そのすぐ近くで、明日香も黙々と草を束ねていた。
ふと、大河と琉月の方を見る。
「……光と土は、相性がいいものね」
ぽつりと、それだけ。
声は淡々としているのに、どこか柔らかい。
(明日香、今日は機嫌いいな)
さっきの“氷共鳴”が、何かを変えたんだろう。
大河が光苔を手に取って、琉月に尋ねる。
「なあ、これ……どこで使うんだっけ?」
「解呪薬の触媒です。
あと、再生ポーションの基材にも……」
「再生ポーション!?
そりゃ怪我したとき助かるな!」
「はい。
大河さんのアースヒールと組み合わせれば……即効性、かなり上がると思います」
大河の目が見開かれた。
「おお……それはすげぇ!」
二人は並んで作業を続ける。
まるで、ずっと前から組んでいたみたいに自然だった。
(……この二人、たぶん後で強くなる)
俺は、瑞翔みたいに少しだけ笑っていた。
「青春ってやつだなぁ〜」
朝がひらひら手を振る。
「うるせぇ色男」
大河と琉月は、もちろん気づいていない。
ただ真剣に、薬草と向き合っている。
――この日が、“息の合う二人”の始まりだった。
授業が終盤に差し掛かったころ。
薬草を束ね終え、生徒たちが提出の準備をしている中で、宇賀神先生がふとこちらを見た。
視線が、まっすぐ俺に刺さる。
「……天竜」
「はい?」
「噂に聞いている。
全属性が使えるというのは本当か?」
空気が一瞬で張り詰める。
俺は肩をすくめた。
「まあ……はい。
“使える”って言っていいのかは微妙ですけど」
「では、希少属性はどうだ」
雷、氷。
周囲が息を呑むのが分かった。
「雷は……皓たちとふざけて出したことあります。
あいつら、ちょっと焦げましたけど」
「おい玲磁ぃ!!」
離れた場所から皓の怒号。
「氷は?」
俺は一瞬、考えた。
「……やったことないです。
誰か傷つけたら嫌なんで」
その時、明日香の視線を感じた。
氷属性の唯一の適性者。
俺は彼女の方を見て言った。
「ちょっとだけ……やってみてもいい?」
一瞬の躊躇のあと、明日香は小さく頷いた。
「……見せて」
深呼吸。
「じゃ、氷……いってみるか」
空気が変わる。
温度が一気に落ち、白い息が漏れた。
「……凍れ」
次の瞬間、現れたのは――
“氷”じゃなかった。
巨大な氷の時計塔。
天井近くまで伸びる透明な柱。
淡い蒼光を放つ文字盤と、ゆっくり動く時の歯車。
冷気と魔力が、雪のように舞う。
「……これは……」
宇賀神先生の声が震える。
「時属性との複合……概念融合型……?」
貴満が眼鏡を押し上げ、言葉を失っている。
朝は口を開けたまま。
瑞翔はメモを取ろうとして、手を止めた。
明日香は、ただ立ち尽くしていた。
彼女の氷とは違う。
攻撃でも冷却でもなく――
“固定”“静止”“永遠”。
(……ずるい)
その感情が、彼女の中で静かに揺れた。
「……やっぱでけぇな」
俺は首をかしげた。
「先生、あとで片づけます」
「待て天竜、構造を――」
「じゃ、解凍!」
ぱん、と軽い音。
氷時計は光に溶け、雪の粒子になって消えた。
宇賀神先生は、その場に膝をついた。
「……研究……させてくれ……」
放課後、俺は呼び出された。
廊下の向こうから、風を巻いて沙羅先生が現れる。
「玲磁くん」
「はい」
「今日の薬草学……」
「……すみませんでした」
「怒っている理由、分かっていますね?」
「みんな驚かせたし……授業の邪魔も……」
「違います」
「え?」
「温度制御が雑でした。
霜傷が出ていたら、どうするつもりだったのですか?」
……あ。
「“あ”じゃありません」
額を軽く弾かれる。
「危険管理を学びなさい。
できないなら、二度と全属性を授業で使ってはいけません」
「……はい」
沙羅先生は、少しだけ表情を和らげた。
「ただし。
あなたの氷は、美しかった」
一瞬、言葉を失う。
「明日香さんも、あなたを見て誇らしげでしたよ」
俺は、思わずほんの少し――笑っていた。




