#97 一日の終わり
「そろそろ帰るか」
夢威が伸びをしてそう呟いた。
完全に日が落ちた校庭は、夜の匂いが濃い。
「眠いし……お腹すいたし……帰るね。
また明日、勉強……できたら、する」
ふわっとした声で言い残して、
夢威は本当に“風”みたいにその場からいなくなった。
俺たちは赤ノ寮へ向かう。
その途中で、貴満と陶之介がまた始めた。
「聞こえてたんだろ、トップ3の話」
「そんなものは実現しません」
「面白くねぇんだよ、メガネ」
「メガネは関係ないでしょう!」
軽口をやり合う二人を後ろから眺めながら、
俺は皓と顔を見合わせて苦笑した。
鉄駔と理紅虎も静かに歩いている。
こういう空気、嫌いじゃない。
――そして、寮に戻った。
扉を開けると小さな灯りがついていて、
瑞翔が机に肘をついたところだった。
「おかえり、玲磁。今日は遅かったね」
穏やかな声。
この部屋に帰ってくると、今日あった騒がしさが少し遠のく。
「ただいま。……瑞翔、今回の76位って聞いたぞ。やるじゃん」
「たまたまだよ。
理紅虎も勉強頑張ってたから、ちょっと悔しくて頑張っただけ」
それが瑞翔らしい。
普段は静かだけど、芯はちゃんと強い。
俺はベッドに倒れ込みながら、ぽつぽつと話し始めた。
「今日さ、いろいろあってさ」
気づけばいろんな話をしていた。
悪ガキトリオの馬鹿やったことも、
三賢組のピリついた空気も、
夢威の意味わからん自由さも、
沙羅先生の鋭すぎる指摘も。
普段の俺は、
誰かに“話す”より“仕掛ける”側だった。
だから、聞いてくれるやつって意外と貴重なんだ。
瑞翔は椅子をこちらに向けて、静かに相槌を打つ。
「うん。……夢威さんって、ほんと不思議な人だよね」
「だよな。あの子、三賢組のとこ普通に出入りしてたらしいぞ。
理由が“そこが面白いから”ってだけで」
「……夢威さんらしいね」
必要以上に驚かず、
変に評価したりもしない。
ただ受け止めてくれる感じ。
話してて楽になる相手って、そういない。
「……やっぱ瑞翔って聞き上手だよな」
俺が言うと、瑞翔は肩をすくめて笑った。
「聞くの、好きなんだ。人のこと」
「そういやさ。
前、遥花と理紅虎と俺たちで外にいたとき……
お前、なんか様子見てただろ」
瑞翔は少し目を細めて言った。
「うん……なんとなくね。
玲磁、遥花さんのこと気づいてる?」
「え? 何を?」
……正直、何の話かわからないふりした。
いや、ちょっと察してるけど、認めたくない。
瑞翔はにこっと笑って、
「なんでもないよ」
「なんだよ……絶対なんか知ってるだろ」
「ふふ、内緒」
この空気が好きだった。
一日の最後に、力を抜ける場所。
今日もなんだかんだで騒ぎの中心にいた俺は、
ここでやっと“普通の時間”を取り戻す。
……瑞翔のおかげだ。
最初は読んでもらえるために一気に投稿しましたが、話数は確保できたのでこれからは毎日1話ずつ投稿になると思います。




