#96 対立構造
沙羅先生の足音が廊下の奥に消えていく。
あの人が立ち去るだけで、空気がすっと軽くなる。だけど、その静けさは数秒しかもたなかった。
向こうの角から、三つの影がすっと伸びる。
丸眼鏡の反射、筋肉の影の揺れ、青緑色の髪のふわりとした動き。見慣れた三人の姿だ。
「──聞こえていましたよ。あなた方が“期末で学年トップ3を取る”と、堂々と宣言していたのを」
貴満の声は、相変わらず落ち着いているのに妙に圧がある。皓が小さくうめいた。
「げっ……来た、ガリ勉トリオ」
「ガリ勉トリオではありません。“三賢組”です」
即座にピシャリと返す貴満。その言い方が妙に誇らしげで、陶之介が鼻で笑った。
「自分で名乗ってんじゃねぇよ、その厨二ネーム」
その瞬間、貴満の眉がほんのわずかに跳ねる。横で鉄駔が腕を組んで立ち、無表情のまま低く言った。
「俺はガリ勉ではない。努力しただけだ。事実、学科は75位から54位に上がった」
皓が口を半開きにする。
「鉄駔が……50位台……?」
陶之助まで目を丸くしていた。そりゃそうだ。こいつら三人は、言葉通り“積み重ね”で上がってきたタイプだ。
その後ろから理紅虎が控えめに手を挙げる。
「えっと……僕もさ……111位から75位に上がったんだ。瑞翔と一緒にやった“覚え方遊び”、すっごい効いてさ」
あいつの柔らかい声は、悪ガキ三人の前でも空気を柔らかくする。
貴満が一歩前に出た。眼鏡の奥が細く光っている。
「つまり──こちらも着実に伸びています。
慈恩寺貴満、6位。
意志神鉄駔、54位。
神無月理紅虎、75位。
……ご自分たちが全員トップ3を取れるなどと、本気で思っているのですか?」
挑発、というより“確認”に近い声だった。
俺は肩をすくめて笑った。
「思ってるよ。つーか、取るし」
冗談じゃなく、本気で。俺の中ではそれが自然な答えだった。
貴満は一瞬だけ固まったが、すぐに奥に闘志を宿す。
「では──挑みなさい。“あなた方”の無謀な挑戦、三賢組が正面から受けて立ちます」
鉄駔がうなずき、理紅虎も拳を小さく握る。皓は吠え、陶之介も不敵に笑った。
火花が散っていた、その瞬間。
ふわりと空気が揺れた。
「……わあ、なんか騒がしいと思ったら。やっぱり面白そうなことしてる」
夢威だった。深緑のショートが、夕方の廊下を揺らす。
理紅虎が驚いた声を出し、鉄駔でさえ目を瞬かせる。
貴満は完全に固まった。
夢威はまるでピクニックに来たかのような軽さで言う。
「だってね、三賢組の勉強会も楽しかったし、悪ガキトリオのイタズラ相談も面白かったし……
どっちにも普通に行ってたよ?」
二陣営、同時に固まった。
……まあ、夢威ならそうだろうな。
俺は小さく笑う。
「彼女、本当に“面白いところに顔を出してるだけ”だぞ」
束縛できるタイプじゃない。風みたいなやつだ。
夢威は困ったように指を組む。
「えっとね……今回の中間で、100位から109位に落ちちゃって……
ちょっとだけ、がんばってみようかなって」
珍しく弱気な声だった。
俺は自然に口が動いた。
「じゃあ来いよ。俺が教えてやる」
「行っていいの? やったぁ」
貴満が慌てたように言葉を挟むが、夢威はさらりとかわす。
「どっち側って決めてなかったし、両方行くね」
鉄駔と理紅虎が感心したようにうなずき、皓は笑いながら夢威の肩に手を回した。
こうして──
悪ガキトリオ + 風鈴夢威
vs
三賢組 +(たまに夢威)
という、ややこしい関係図が成立した。
夕陽に照らされた廊下で、六人と一人の影が伸びる。
……面白くなってきた。
期末がどうなるか、想像しただけで笑えてくる。




