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第七十四話 氷爆


 巌鬼山の鬼沢という集落は、そこまで行くには駕籠を乗り継いで4日ほどかかるらしい。

 駕籠での移動とは言え、雪はさらに深くなり、滑って転ばないように慎重に歩くため、時間がかかる。


「タダシゲは26年前のことを、一瞬で思い出したわけではないわ」

 と、リリーは言った。

「青髪のエルフの生息地なんでしょうね。そうでなければ、すぐに思い出せるわけないわ。自分が捕まえたエルフのことなんて売ったら忘れるでしょうし。マリーエンブルクは大きな街だから、誰も、あなたがエルフだとは思わなかったんでしょうね」

「ラグネル、きっとあなたの故郷はそこです」

 長旅に飽きてしまったガーネットは、ずっと駕籠で眠っている。

 

 雪のため、到着が遅れ、駕籠かき達を休ませるため宿を取った。

 宿のスタッフに鬼沢の場所を尋ねる。


「鬼沢集落ですか。今の時期は行けませんよ?」

「どうしてだ? 人は住んでるんだろう?」

「集落に続く道はあるんですが、厳密には道ではないんです。滝の裏に道がありまして、冬は滝が凍りついて、通れなくなるんです」

「滝が凍る……? 見ることはできるのか」

「ええ。カーテンのようになってまして、綺麗ですよ」


 翌朝見てこようということになり、部屋に戻る。

 先日泊まった宿で襲撃されたこともあり、リリーが宿で一番高い部屋を取ってくれた。

 ふかふかのダブルベッドに、ガーネットは喜んで転がっている。

 窓からは、すぐ近くに巌鬼山が見える。集落があるのか、山あいに夕闇の中でも灯りがぽつぽつと輝いている。

 温泉地もいくつかあるのだろう。

「明日はあなたの故郷が見つかるといいね」

「ああ。付き合ってくれてありがとうな」

「夫婦だもの、当然よ。……あら、指がカサカサね」

「ずっと寒かったからなあ。お前はつるつるだなあ」

「そりゃそうよ、人間じゃないんだから。頑丈にできてるの」

 ふにふにと柔らかい指で、両手を包み込まれる。ガーネットは、アキラが描いた絵を人間にしてもらったと言っていた。

 アキラたちの生活ペースに合わせているが、本人は何も食べなくても数日寝なくても、困りはしないのだという。

 若い肉体のまま、長生きできたら不老長寿なのか。エルフや橙やカメノテを食べて、それが可能なのだろうか。100才生きるところを200才まで生きて、楽しいのだろうか。

「ガーネット」

「なあに?」

「俺と一緒に、100年も200年も生きていたいと思うか?」

「当たり前じゃない」

「そうか」

「人間はだいたい100年で死ぬんでしょ。でも長生きできると知ったら、それを望むのは当然じゃないかしら」

 それが同じように人の姿をしたエルフを食べることでもだろうか。

「不老不死を望む連中なら、なんでも食べるんじゃない? 生きるために」

「そういう考え方もあるか」



  

 翌朝。

 アキラとリリーは朝風呂をゆっくり楽しんだようだ。

 食べ放題の朝食にデリーは喜んで、何度もおかわりをして、腹がパンパンになるまで食べてから出発した。

 鬼沢という集落へ続く道は、周囲の温泉宿がかけ流す温泉の湯で、雪を溶かしている。

 溶けた雪は側溝へ流れていく仕組みだ。

 巌鬼山神社までは、歩いて1時間ほどの距離ということだ。

 よく晴れた雪山は、眩しいほどで、赤い門のようなものが建っている。

「あれは鳥居といって、神の世界と人の世界を分ける境界線です。といっても自由に出入りできますけどね」

 赤い鳥居の先は、長い石段になっていた。雪は綺麗に片付けられているが、うっかりすると転びそうになった。

 立派な拝殿があり、みんなで手を合わせる。


「滝はこっちだって」

 とデリーが手招きした。

 拝殿の横を通り過ぎ、細い、雪をかき分けた道を進む。


「おー……。凍ってる」

 滝が寒風で凍り、連なる氷柱がカーテンのように垂れ下がっている。

 この奥に、鬼沢へ向かう抜け道があるらしいが、想像していたより遥かに横に広がっていて、どこだかわからない。

 裏に回ろうにも、凍りついていて入り込めない。


「うーん……。ガチガチね」

「割りますか?」

「こんなに太いとは思ってなかったわ。もっと、こう、細い滝なのかと思ってたの」

 びっしりと凍りついた氷柱は、叩いてみても折れそうにない。

「黒百合に頼んで地震を起こしてもらうとか、どう?」

 とガーネット。

「そんなことしたら、雪崩が起きてしまいます」


 滝全体が凍りついていて、斧で叩き割れる量ではない。途中で斧が折れてしまうだろう。

 太く硬い氷柱は鋭く、刺さったらかなり痛そうだ。

「私がやるわ」

 ガーネットがゴーレムを出現させ、ひらりと飛び乗った。

「端から叩き落していくから、下がってて」

「おい危ない」

 ゴーレムが拳を打ち付けると、氷柱が音を立てて折れていく。

 しかし、なかなか集落に続く抜け道は見つからない。

「ガーネット、一度戻って」

「……ええ」

 氷の欠片が頬を傷つけて、血が出ている。

「傷が残ったら大変だ、宿に戻るぞ」

「平気よ」

「まあまあ、これだけ折っても崩れてこないなら、明日でも問題ないわ。きっと滝の水はもっと上で凍っているのね。帰りましょう」

 戻ろうと促すリリーの手を、アキラが引っ張った。

「リリー待ってください。試してみたいことがあります」

 氷爆を見上げ、

「ラグネル、斧から炎を出せましたよね。炎を出した状態で氷柱を折ってください」

「わかった」

 ガーネットと出会ったころに、自分の石にアメジストをつけてもらった。その石を触りながら「炎よ出ろ」と念じる。

「うぉりゃッ!」

 ブワッと炎を吹き出した斧を、氷柱に打ち付ける。

 打撃と熱で、氷柱が溶け出す。

「溶けそうです、気をつけてください」

 数回、斧を打ち付けると、最初は比べ物にならない量の氷柱がガラガラと音を立てて崩れ落ち、薄暗い抜け道が現れた。


「よし、行きましょう」



更新が遅くなってしまいました! 続きは書いております。

前回までのお話を忘れてしまった方は、ぜひ最初から読んでみてくださいね! 


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