第七十五話 故郷
滝の向こうに抜ける、暗くて狭い道を歩く。手掘りの岩のトンネルは人が一人通れるか通れないか狭さで、
奥山に暮らすウッドエルフたちが、隠れ里を作った理由が分か気がした。大勢で通れないようになっている。人間たちと距離を取る必要があったのだろう。
しばらくすると、道の先がぱっと明るくなり、雪の白さが目に飛び込んできた。
雪に埋もれているが、一筋の道が、森の中に続いている。
ゴーレムを先に歩かせ、その足跡を進む。
前方に村が見えてきたが、同時に大声が聞こえてくる。
「様子がおかしいぞ」
村の門は開いているようだ。
「すみません、誰か」
「ん? なんだ誰だ」
「旅の者です。温泉があると聞いて来たんだが」
「ああ、だけど、それどころじゃないんだ。山に入ったシスターが戻らない」
熊退治に来た戦士とシスターが山から降りてこないという。探しに向かった村人が、血塗れの布の袋を拾って戻ってきた。
「あのシスターの持ち物じゃないか」
「食べられたんじゃないのか」
まずい時に来たかな、とガーネットと目を合わせる。
「食べられたとか穏やかじゃないわね」
「物騒ねえ……」
とリリー。その時、騒ぎを聞きつけてきた男性が、ラグネルに声をかけた。
「君たち、旅の方かね。この時期にどうやってここへ」
「ああ、滝の氷柱をちょっと折った」
「あの滝を超えてきたのかね。ところで、失礼だが、君、父親の名前を聞いてもいいかね」
「それが、わからないんだ。俺が生まれたあとに海でなくなったと」
ラグネルの答えに、表情が沈んだ。
「なんだって……。そうか……」
「なぜそんなことを?」
「私はシュウ。突然で驚かれるかもしれないが、うちに来てくれないか。会わせたい人がいる」
村の奥の屋敷に案内され、「私の家だ。父に会ってくれないか」と玄関を開けた。
広い玄関には鏡が置かれ、猫の置物があった。応接間のテーブルもどっしりとした立派なもので、手編みのカバーが掛けられたソファも、ふかふかと柔らかい。
温かいお茶と菓子が用意され、すぐに、白髪頭の老人が二階から降りてきた。
逞しい両腕に、丸太のような太腿が目を引く。
「ようこそお客人、私はノブヨシ」
「はじめまして」
主に挨拶をすると、ゆっくりとノブヨシは、ラグネルの顔を覗き込んだ。
「ふむ……」
「……」
頭のてっぺんから足の先まで、舐め回すように見ていたが、次第に、眉間に皺が寄ってきた。
「……うちの末の子に……。よく似ている」
屋敷まで案内したシュウが、「父上もそう思いますか」と同じように顔を覗き込む。
特別珍しいわけでもない青い髪も、よく見れば、シュウによく似ている。
ノブヨシも若い頃は青髪だったのかもしれない。
「ノブヨシさんとおっしゃいましたね。俺はラグネル。両親は26年前に海で亡くなりました。俺は両親の故郷を探してここまで来ました」
「……26年前」
「嵐で船が沈んで、たまたまマリーエンブルクの港で、街の人が救助してくれて俺は助かったそうです。育ててくれた親も、もう亡くなっています」
額を押さえたノブヨシが、深く息を吐き出す。
「うちの末の子が、その頃、旅に出た。世界を見てまわりたいと。その時は結婚していたから、嫁も一緒に旅に出た」
「……」
「船が沈んだのか……。もうあの子は……」
おそらく、父はこの家の末っ子で、妻とともに旅に出た。
ということは、この老人が祖父になるのか。
「ノブヤスという子でな。今の君にそっくりだ。あの子に似て体格がいいな。育ててくれた親御さんは大切にしてくれたのだろう」
「……ええ。可愛がってくれました。俺は最近まで、本当の親ではないということを知らなかった」
「そうか、そうだろう」
目頭を押さえ、何度も頷く。
きっと面影があるのだろう。彼は、自分の子供がもう戻らないことを、きっと覚悟していたのだろう。
「弟からなんの連絡もなく、どこかで幸せに暮らしているのならそれでいいと思っていましたが……。子どもを残して逝くとは無念だったでしょう」
リリーとアキラとデリーは、黙って出されたお茶を飲んでいる。
「ノブヨシさん。こっちの小さいのが、俺の妻でガーネットといいます」
「妻です」
「なんと、結婚しているのか」
「彼が大きいから私が小さく見えるだけよ。で、アキラは私の父です。リリーが母です」
「はじめまして。ラグネルのご家族が見つかって本当に良かったわ。ねえあなた」
「ええ本当に」
ついでにデリーは、面倒を見ている子ですと紹介する。
ノブヨシとシュウは、体格差と身長差のある夫婦に戸惑っているようだ。
「……ちゃんとご家族がいるのだな。ご両親も、連れてきてくれてありがとう」
75話更新しました。ラグネルの故郷にたどり着きました。のろのろ更新ですが、また読みにきていただけると嬉しいです。




