第4話 ナイフと奴隷と石の壁
夢の中で昔の記憶を見た。
それは俺が、生きる為に、たくさんの人を崩壊させた話。
その1つ。
懐柔し、詐称して、騙し取った。
そんな話。
大きな大義も目的もなく。もしくは義族的な何かのつもりでやったわけでもない。
ただただ、自分の生きるために、金のためにやった。
そんな、どうしうようもない話。
そのせいで、彼は家族を失い、仲間を失い、恋人を失い、そして何よりも信用を失い。
彼は、泥水をすすることになった。
俺のせいで。
ただそのことについて、何か反省や後悔があるわけではない。
他の人が仕事をし、汗水をかいて得るものを。
俺は、違う手段で手に入れた。
それの程度のこととしか認識してない。
そもそも、後ろめたさを持ってやっていたなら、まだいくらかは生きていられただろう。
元の世界で。
これはあくまでも、俺自身の行いが招いた結果であり。
その責任も、全て俺にある。
どんな怨みを買おうとも。どんな妬みを買おうとも。
それを受け止めるのはやはり、俺の責任なのだろう。
それは、これからも変わらない。
どんなことが起ころうとも。
どうしようもない事が起ころうとも、
全ては、俺の責任なのだから。
「…………っ」
大量の水を頭からかけられ、半ば強制的に意識を戻される。
視界がゆがむ。
頭痛がひどい。
おそらくは右側頭部。
壁に打ち付けられた場所が、悲鳴をあげていた。
「……」
朦朧とする意識で、自分の状況を認識しようとする。
…………………硬いな。
どうやら俺は、石の床の上に倒れているようだった。
冷たい感触が、生身の部分から伝わってくる。
出来ればもう少し、寝心地のいいところがよかったけれど、贅沢も言ってられない。
俺は今、なんといっても無職なのだ。
この待遇は、いささかしょうが無いともいえる。
「…………目が覚めたか」
前方から、声が聞こえた。
低く、響く声。
その発生源を確認しようと俺は顔をあげ、きしむ体を起こそうとして。
「ぐっ…」
無理やり、上半身を抑えつけられた。
いやもともと押さえつけられていたのだろうが、意識が薄かったせいで気付かなかった。
両腕が痛む。
どうやら、腕も掴まれているらしい。
それでも、周りの状況は把握しなければならない。
唯一動く顔を動かし、視界を巡らせる。
「…」
最初に認識したのは、ここが明りの少ない暗い部屋だということ。
壁や床の材質は、概ね石で出来ている。
外からの光が感じられないことから、もしかすると地下の可能性もあり。
扉は、俺の左斜め前方に見えた。
これだけは、材質は木でできているようだ。
……うん、これは問題無し。
少し、無理をして後ろを見る。
先程から俺の事を押さえつけている存在を確認。
予想は、2名以上だったが。
はたしてその予想は、外れる事はなかった。
現状、俺の後ろには3人。
人数は、さほど問題が有るわけではない。
ただそれよりも、そいつらの姿の方が、問題だった。
異世界ここに極めり…。
ちょっと現実逃避したくなる。
俺を押さえている、3人というか、3匹というか。
そいつらの姿を言葉で表すなら。
馬人間。
いや、角が生えてるから鹿…にしてはだいぶごつい。
まぁ獣人族っていうやつだろうが。
体は人間で、顔は黒い体毛の馬。そこから立派な角が生えている。
身長はおそらく2メートル近く。
体格的に、体重は俺の倍以上あるだろう。
全員一様に茶色の革でできた服装に、大きな肉切り包丁を腰に携えている
そしてそれが3人。俺の後ろには、控えていた。
…これはちょっとなー。
絶望感、というのであろうか。
物理的に回避不可能というか。自分で確認した通り、こいつらの知能は人間並みだ。そして肉体的には圧倒的に劣っているであろう。
結論から言えば、打開策無し。まさに、手詰まりだ。
まあ…、無理なものはしょうがない。身を委ねよう。
無茶をしたところで出来ないものは出来ないのだ。対抗しようにもナイフは奪われているし、そもそもこの拘束から逃れれる気がしない。
気持ちの切り替え。
そして、最後に正面を見る。
「見ない顔だな」
先程と同じ声が、俺に届く
椅子に座ったその男は、にやついた顔で俺を見ていた。
姿恰好は紛れもなく人間。
ひょろっとした手足に、それなりに長身。まぁ、後ろの獣人族に比べたら小さいが。
明らかに上等であろう服を着込んだそいつは、品定めするような目で俺を見ていた。
そして、よく見なくても分かる。
そいつが足をのせているもの。
あれを、俺は見たことがある。
「お前、どこから来た?」
相変わらずにやにやしながら、そいつは俺に話しかける。
「格好も顔つきもあきらかにこのあたりの出身じゃねぇーなー。おい、答えろよ」
「…」
さて。
なんて答えたものか。
馬鹿正直に異世界から来たと言っても、そもそも通じるかわからないし。
そもそもあの天使の言う通りなら、それらは108人。
この世界の人口がどれほどのものか分からないが、どう考えても少数派。
確実にメジャー的な存在で無いことは、考えなくても分かる。。
それを言ったところで、相手に伝わる可能性は極小だし。下手をすれば余計な意味に捉えられかねない。
………………それに。
余計な情報は、与えるべきではないだろう。
これから、おそらくは悪意を持って接してくる相手に。
「どうした?、答えろよ」
態度にだいぶ、余裕がある。
この場で、絶対の強者であることの自負があるのだろう。
どこに行っても変わらないな、人間のこういうところは。
……はぁ、なんだか。
めんどくさくなってきた。考えるのが、色々と。
俺は、口を開く。
「東京」
正直に言ってしまった。
まー隠してもしょうがなしなー。
俺はこの世界の事を何も知らないわけで、嘘をつこうにも情報が少なすぎる。
下手にボロをだして、厄介なことになってもしょうがない。
「トウキョウ?」
そいつは首をかしげる。
「聞いたことねぇな」
「だろうね。だいぶ遠い所だから」
「ふん。…まぁいい」
椅子の背に深くもたれ、所謂、ふんぞり返った。
ついでに、足元にあるそれから足をどかす。
「そのトウキョウから来たやつが、いったいどういうつもりで」
目つきが、鋭くなる。
「ウチの商品に手を出すんだ?」
そう言って、そいつは。
足元にあるそれを、蹴った。
「…」
ごろんと、音をたててこちら向くそれ。
それは。
俺が、あの時に出会った。
カツアゲをして、襲いかかった。
少女だった。
……………………………………………………………………あー。
嫌な予感は、やっぱりあたる。
いつもそうだ。
だって。
自分が死んだ時ですら、そうだったんだから。
「………ぅ……………………」
その少女は、小さく呻いた。
昨日見た時点で、かなりボロボロだったその姿は。
さらに、酷くなっているように見える。
全身痣だらけで、かなり暴行うけたのであろう。
息をしてる事さえ、辛そうだ。
「……ッ………」
少女が蹲り、その動きに合わせて、首から垂れる鎖が地面こすれ、乾いた音が鳴る。
満身創痍。
その言葉がぴったりだ。
「…………………ぅ…」
その子の腫れた瞼が、ゆっくりとあがる。
そして、目がった。
「…………………ぁ…………ヶ……」
腫れた顔で懸命に、彼女は俺を見て、口を小さく動かしていた。
まるで、何かにすがるように、でも辛そうに。
掠れた、音にならない声で、彼女は俺に向けて小さく、伝え続ける。
ゴ・メ・ン・ナ・サ・イ・ゴ・メ・ン・ナ・サ・イ・…
ごめんなさい。
俺に向けて、俺だけに向けて。涙を流しながら。
内容は、ずっと変わらない。
正直、謝る相手を間違えてる気はするけど。
こんな、押さえつけられてる俺に。
カツアゲをしようとした俺に。
彼女は何を謝っているのか。
「……」
……あーあ。
可哀そうなんて思わないけれど。
なんて面倒に巻き込まれてしまったんだと思う。
自分の行動が招いた結果だから、どうしようもないんだけれど。
異世界に来て早々これは、正直詰んでるんじゃないか。
まぁ……でも。
少しぐらいの抵抗は、してみよう。
「……すみません」
俺は口を開く。
「ん?、謝ってすむ問題じゃ、ないんだよ」
そいつは笑う。
うん、本当に楽しいんだと思う。
自分より弱い人間をイタぶるのも、見下すのも、見下ろすのも。
誰だってそれは愉しいことなんだと、昔聞いたことがある。
俺には、よく分からなかったけど、理解は出来た。
だから、それに則ろう。
こいうやつは、総じて。
プライドが高いから。
「…いや、違う。誤解なんだ」
「誤解?」
そいつは俺の顔を覗き込んだ。
「ああ、誤解。俺は貴方達の商品に手を出すきなんてない」
「はぁ?」
さらに椅子から身を乗り出して俺を見る。
「偶然なんだ。全部、あの場にいたことも」
半分は違うけど。
この子と出会ったそれ自体は、紛れもなく偶然だから。
「偶然ねぇ…」
俺の言葉を聞いて、考えるその男。
迷っているんではない、疑っているんだ、その内容を。
この弱者が何を言い訳しているのかを。
「…偶然だとして、じゃあなんでお前はコレを持ってた?」
男が差し出す。
俺が、刺されたナイフを。
「護身用だ。別に不思議ではないでしょう。この街なら」
「じゃあなんで取り出してた?」
「夜道だから、つい驚いてね」
「つい…、ねぇ」
そいつは俺のナイフを眺め、そして少女を見て、最後にもう1度俺を見る。
「じゃあつまりお前は、偶然あの場にいて、偶然これと出会って、偶然こいつを構えていたと」
「そうだ」
まっすぐ相手を見て頷く。
言っていることはほぼ事実。疑われる余地はない。
相手がどんなに疑いをかけようと、俺には何もないのだから。
なんてったって俺はこの世界にとっては異世界人。どんなに調べようと何も出てこない。
「………………」
男は、顎をさすりながら、何かを考えている。
おそらくは迷っているんだろう、この先のことを。
俺を、どうするかを。
その解答次第で、俺のこの世界での最後が決まるかもしれない。
………でも、正直なぁ。
あの少女については、どうすることも出来ないだろう。
俺が生き残ることと、あの子がこの先どうなるかは無関係だ。
1度助けを求められたが、俺には無関係だし。
見捨てたところで後悔も残らないだろうから。
「……うん」
男が頷き、椅子から立ち上がる。
そして少女を跨ぎ、俺の前に歩いてくる。
「……そういえばお前」
立ち止まる
俺を見下ろすよう。
「いい面してるな」
それから、そう言って。
極、自然に。
俺の頭を、蹴った。
「っ!………………」
意識が揺れる。
穏便にことが運ぶとは思っていなかったけど。
後ろの獣人に押さえつけられてるせいで、悶えることすらできないため、衝撃が直に襲ってくる。
ここで意識を失ってしまったらまずい。
何もできなくなってしまう。
「くくっ…」
歯を食いしばっている俺を見て、男は引きつったように、笑っていた。
醜悪な、品の欠片もない笑みを。
「正直にいうとなぁ」
男が話し出す。
「俺らも困ってたんだよ。こいつが逃げ出したことがボスにバレたら、どうなることか」
けじめを取らされるってやつだろうか。
こいつらの世界なら余計にだろう。所謂、指を詰めろ的なやつ。
これは、交渉の余地はなさそうだなぁと、揺れる意識の中思ってみる。
なかなか、ギリギリだけど。
男が言う。
「だからさ、こいつを殺しちまおうと思ってたわけだ。元からいなかったことにな」
「……………」
「ホントはそんなことしたくないんだぜ。遠くから攫ってきた大事な商品なのによぉ………、だけどさぁ」
男が後ろに振り返り。
「てめぇが、…逃げるからよぉっ!!」
「ぁっ…!」
そう言って、少女を蹴り飛ばした。
まるで、ボールのように彼女は吹っ飛ぶ。
「ぅっ……!」
そして彼女は、壁にぶつかり、ずり落ちて、床にうずくまる。
少し、血を吐いた気がした。
「はぁ…はぁ………………はぁ……ふん」
男の息は荒い。
だいぶ興奮しているようだが、再び口元を歪め、自分を落ち着けるそぶりをする。
そうしてまた、俺の方を向いた。
「……でもな」
俺の顔を覗き込む。
「俺らが殺したことがもしバレれば、それも問題だ。逃がしたことよりも、よけーに面倒なことになる。………だから、見ず知らずのお前が殺せば、それで万事解決と思ったわけだ。俺らは何も問題がないわけだからなぁ」
「………」
「だけど、お前の顔を見て気が変わった」
「っ…」
前髪を掴まれる。
「お前のその透き通るような黒い目。それはヒジョーに珍しい。俺の見立てでは好事家に高値で売れる。それを土産にすれば、逃がしたことへの責任も、取らずにすむだろう。…………だからよ、お前に選択の権利を与えてやろうと思ってな」
「選択…?」
「そうだ」
男が頷く。
「お前がこいつを殺すか」
「お前の両目をよこすか」
「それで取引してやろう。お前を逃がしてやろう」
「どうだ?」
「さぁ、選べよ」
そう言い放ち、男は俺の下に、ナイフ落とした。
甲高い音がする。
俺を、俺自身を、刺したナイフ。
それと同時に、後ろの拘束が解かれ、解放される。
「……」
殺れってことか。俺にあの子を。
抉れってことか。自分で、自分の両目を。
その選択が、このナイフってわけか。
そう思いながら、俺は軋む体に鞭を打って起き上がり。
ナイフを、掴む。
「おっと。余計な真似はするなよ」
男がそう言うと、俺の周りを馬の顔をした獣人が囲む。
一様に、肉切り包丁構えて。
男の言うとおりだと思う。
この状況で、俺がこのナイフを使って立ち向かったとしても、歯が立たないことはあきらかだ。
無駄な足掻きになるのだろう。
そんなこと、するつもりはないが。
「………」
俺は一歩ずつ、歩き出す。
少女に向かって、一歩ずつ。
そして、彼女を見下ろせる位置までやってきた。
「……っ…………、………」
足元にいる少女の息は、絶え絶えだった。
見ず知らずの少女。
無残な姿だが、とても美しい少女。
だが、容姿がどうであれ、俺には無関係な少女。
俺はこの子に、何の思い入れも、ないのだから。
………いや、違うな。
少女だけではない。
そもそも、俺に思い入れのあるものなんて存在するのか。
何もない俺に。
なら、迷う必要はないだろう
選択なんて、あって無いようなものだった。
「……」
俺は、無言で、ナイフを振り上げ。
最後に、もう1度、その子の顔を、見つめていた。
「……………………………………………?」
動きがとまる。
彼女の顔を、凝視する。
「……ぉ………さ……ぃ」
彼女は、何かを呟いていた。
「…ごっ………め……………、……ぃ…」
力ない声で、俺に訴えていた。
「ご……めん……なさ、い…」
さっきも、言っていた言葉だ。
この子は、だから。
何を、言っているんだろう。
何を、謝っているんだろう。
この状況で、いったい、何を……。
「………………っ」
俺は、考えて、考えて。そして、一つ、思い当たって。
思わず、心が揺れた。
こんなに動揺したのは、いつぶりだろう。
だって。
だって彼女はこの状況で、俺に。自分を殺そうとしている、この俺に。
巻き込んでごめんなさい、と。
そんなことを、謝っているのだ。
こんな、こんな小さな子供が。攫われて、殴られて、蹴られて、ボロボロにされて。
殺されようとしているこの子が。
俺に、オレに向けて、あやまっている。
ごめんなさいと。
「……………………………ぁ」
手が、震えていた。
そして。
何かが、崩れた、様な気がした。




