第1話 天使と罪と裁量
最後の記憶は、背中から刺されたところ、だったはずだ。
案外、人間なんてあっけないものだと。
あまり、深く考えずに死んだ気がする。
後悔やそういうのは、結構昔に忘れていたし。
「……のはずだけどなぁ」
腕を組んで考えると同時に、辺りを見渡す。
だが、どこまでも真っ暗で先が見えない。
音一つすら聞こえない。
「どこだよここ」
自分の声だけはよく聞こえる。
実は生きていて病院に運ばれて生き返ったとかそんなことを考えたけど。
明らかに病院ではないし。
見慣れない天井も、存在しない。
「うーん…」
自分の体を眺める。
ついでに、全身を触ってみた。
「…」
触診中。
……うん、健全だ。
傷跡ひとつない。
「……夢というには、ちょっとなー」
いやに現実的だし。
けれど、だからといって。
刺されたはずの傷がないのもおかしい。
あれは紛れもない現実だし、隠しようのない事実だ。
実は夢でしたなんて、そんな都合のいい話はないだろう。
「……つまりはあれか」
ここがあれか。
いわゆる。
「あの世ってやつですか」
「その通りですが、ちょっとだけ違いますかね」
「ふんふんなるほど…」
ん?。
なんだ?。
空耳が聞こえた気がする。
刺されたのは背中だが、倒れた拍子に頭でもぶったか。
「死んだ後にボケるとは」
困ったもんだぜ。
「何を言っているのですか?」
…。
今度は、さすがに聞き間違いようはないだろう。
俺は、声がした方。
すなわち、自分の後ろに振り返る。
「…………………うわー」
思わず声が出てしまった。
「出オチもいいところだろ」
「失礼な。どういう意味ですか」
俺の前。
正確には俺の斜め上にいるそいつは、不機嫌そうに頬を膨らませた。
宗教や絵画などにはそれほど詳しくはないが、さすがに俺でもわかる。
金髪、碧眼、服装はイメージの中ではギリシャ人のような装い
そしてなによりも。
「べったべたじゃねぇか…」
背中に生える羽。それと、頭上に浮く金色の輪っか。
思わず片手が顔を覆う。
これはいわゆる天使さんというやつだろう。
タレ目の、癒し系天使。
男性ではなく女性というところが、せめてもの救いか。
「とことん失礼な方ですね。まぁいいでしょう」
その天使は、腰に手をあて、偉そうに胸をはる。
うん、結構あるな。
「ここは迷える魂を月へと誘う門。つまりは死者に罪を償わせ、次の生に向けて旅立させる場所です」
そう言って何故かその場で一回転。
翼を使って華麗に回転しやがった。
なんだか少し、おつむが弱そうな匂いがするぞこの天使。
「私の名前はサリエル。神に仕え死を司る大天使。そして今回君の死の裁定をする門番でもあります」
「はぁ…」
なんだかやたらめったら光ってるやつだ。
えらい眩しいし。
天使ってのはこんなのばっかりなのかと、少し引き気味だ。
過剰演出にもほどがある。
上から照らしてる光って、どんな照明から出てるんだ。
「何でちょっとひいいてるんですか!」
バレたらしい。
「わかったわかった。それで、俺はどうすればいいんだよ?」
正直、こんなとこに長居はしたくないし。
どうせ死んでいるなら、さっさと人生まっとうしたいところだ。
それぐらいには、開き直れる。
「さっきからあなたなんだか偉そうですね。死人のくせに」
天使が拗ねる。
やたら人間味の強い奴だ。
「…はぁ。とりあえず、あなた名前は?」
やたら投げやりに聞かれた。
ちゃんと仕事しろよこの天使。
「…神住、九郎」
小さく呟く。
自分の名前は、最後まであまり好きになれなかったな。
「はいはいカスミクロウさんですね。索引しまーす」
そう言ってサリエルとかいう天使が手を前にだすと、上のほうがまばゆく光った。
そして数秒後、落下音。
巨大な本が、上から落ちてきた。
なんだか雑な感じも否めないんだが、これ以上気にしてもしょうがないので黙っておく。
「えーと、あーいーうーえー…」
「50音順かよ」
もうちょっと分かりやすくできないのか神よ。
検索機能ぐらいはオススメしよう。
「む、うるさいですね」
不機嫌そうにしながらも、本の中を探すサリエル。
そこから数分。
なんどかページをいったきたりさせていた手が止まる。
「かー、かー…あ、あったあった」
ようやく見つかったようだ。
「えーと、神住九郎、えー満16歳。両親無し、親類無し、友人無し、恋人無し…ぷぷぷ」
「おいこら」
友人無し恋人無しで笑うんじゃねぇ。
「いえいえすみません、あまりにも可哀想なもので…ぷっ」
威厳もなにもない馬鹿にした感じの笑顔。
なんで死んでからもこんな馬鹿にされなきゃいけないのか。
お前なんかベタな天使じゃないか。
「えーそうですね、ではあなたの罪状を並べていきますね。まあ、たかだが16年程度のしかもちょー平和な日本出身なら、大したものでないでしょうが…」
そう言ってページをめくる。
「あー、えっと、九郎あなたの罪状はー、なになに……ん?…キョーカツ…セットウ…ショーガイ……ボーコウ……………………………ってはぁ!?」
「いって!?」
でかい本を全力でぶん投げられた。
「おまえこれ地味に凶器だぞ!」
「おだまりくださいこの悪人め!何が16歳ですか!とんだ社会のくそゴミやろうじゃないですか!腐った蜜柑もいいところです!よくのうのう生きてられますね!」
「いやもう死んでるけど」
「だまらっしゃい!こんなゲス野郎に喋る権利この場に1グラムも存在してはいないのです!同じ空間で息を吸っていることすら不愉快です!迅速に死んでください今すぐにっ!!」
「だから死んでるんですけど」
サリエルさんガチ切れだ。
羽を思いっきり開いて威嚇中。
まるであれだ…なんだっけ。フクロウか孔雀みたいだ。
まぁこっちは、羽からビームとかでかかってるけど。
「もういっそ違反だけどこの場で魂蒸発させてやりましょうか!」
「いや仕事しろよ」
どんだけ私情を挟みまくる天使だよ。
「あなたに言われたくはありません!最後の死因だって見てくださいよこれ!刺殺ですよ刺殺!!しーさーつー!!こんなごみ人生に相応しい幕切れじゃないですか!」
「それは、まぁ、ごもっともですけど」
自分でも、割とまっとうな最後だと思ってる。
両親がいないことも、友人がいないことも、恋人がいないことも、生きていくことに必死だったことも。
どれも、自分のやった行いの言い訳にはならないだろう。
そんなこと、死ぬ前から、自覚はしていた。
「うっ、謎の素直さをはっきされると対応に困ります」
「なんでだよ」
「クズはクズらしくしてくれないとストレスの発散がしづらいです」
「私情かよ!」
この自称天使。
鬱憤はらしに俺を罵倒してやがったのか。
まあ、いいけど。
「コホン」
わざとらしく咳こむ。
「まあ、お話が脱線してしまいましたが、本題に戻ります」
主にあなたのせいでな自称大天使。
そして居住まいを正し、口を開く。
「カスミクロウ、あなたの罪状は許されざるものでしょう」
サリエルの頭上の輪っかが、まばゆく光る。
まるで、後光を自分で演出してるようにも見えるが、何も言わないでおこう。
「ですが神は、何人にも平等です。たとえあなたが社会のゴミクズであっても、悔い改めるチャンスをお与えになるでしょう」
口の悪さは悪魔だなこいつ。
「さぁ、裁量の刻です。そして進みなさい、門の向こうへ!」
天使がそう言った途端、俺の足元から暖かい光あふれた。
ようやく、短い人生だったが全うできるようだ。
最後に変なのにあってしまったが、まぁどうせ死んでいるのだ。
気にしてもしょうがないだろう。
後は、すべてをこの光に任せてしまおう。
「……………………………ん?、いて…あれ」
なんだか左手の甲に凄まじい痛みが。
「いやこれ……いってぇ!なんだこれ!!まじいてぇ!!」
焼けるようにいたい。
いやまじでチョー痛い。
ふざけんな、なんで死ンだ後にこんな拷問みたいなこと。
「おい!!、天使こら!、なんだよこれ!!、………あーいってぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「へ?、へへへ?」
とぼけた顔でこちらを見る天使。
おまえのせいだろうがと言いたいが、それどころではない。
転げまわりたいくらい痛いのだ。
そして何故か、俺の左手から眩い発光。
「うぉ」
思わず、目を閉じる。
そして数秒。
目の奥からだが、だんだんと光が弱くなっているように感じる。
同時に、左手からの痛みも少しずつ消えていく。
俺はおそるおそる目を開け、左手を見つめる。
「…………………1?」
どうやら数字のような文字が浮かびあがってるようだ。
「1、08?」
108。
何の番号だろうか。
あの世への整理番号か何かだろうか。
それよりも。
「…おいこら天使!」
最後に文句ぐらい言いたい。
聞いてねえぞこんなの。
「……………………な……………………な……………………………………」
だが当のサリエルは、何故か俺の左手を見つめながらひきつった顔で震えていた。
頭上の輪っかもぐるんぐるん回っている。
取り乱すとはこのことを言うんだろう。天使取り乱す。羽毛があたりに散らばりまくる。
それと、何かぶつぶつつぶやいている。
「おい!天使!聞いてんのか!」
俺の声なんて聞こえちゃいない。
「…んなこんなことある訳ないなんでどうしてこんなクソゴミ野郎にナンバーが振り分けらるなんてだってだってあれはあれでしょ未来に希望を持った子供に託してやるものでしょこんな犯罪まみれの外道鬼畜野郎が選ばれるわけないじゃないそうよこれは何かの間違えよよりにもよってなんで私が担当した時に選ばれるわけおかしいでしょ私別に興味ないし参加する気もないし何もしたくないのにくそくそくそくそなんでそどうしてよなんで私な訳こんなの…」
なんだか目が、少し死んでる天使さん。
さすがに、ちょっと怖い。
「…あ、あの、サリエル、さん?」
「……」
「あの…?」
「うるせぇな少し黙ってろよこの底辺野郎が」
「はい」
目がマジですこの天使さん。
心の底から嫌そうに、こっちを見ている。
どうやら、俺のお見送りに何か問題があったようだが。
「……………………はぁぁぁぁー」
ふかーい溜息。
そしてやる気なさげに喋りだす。
「はーいそういうわけでクロウくんは108人目に選ばれたので今から異世界に転生してもらいまーす」
「……は?」
今なんて言ったこの天使。
「あっちにはもう107人行ってるからあなたさいごねー、はーいがんばってー」
「待てよ転生?、異世界!?、いったいなんのこ…」
「うるさい質問はうけつけないから。ああ、目標はべたに魔王倒すことだからー、まー他の子に負けないように適当にがんばってねー」
「いや、ちょ…」
「ちなみにあなた死にたがりそうだから自殺だけはできないようにしといからー。あと罰がなにもないのはあれだからあっちで善行をつんでねー、それが条件だからー」
「条件って!?、いやちょっと天使さん!大天使さん!?」
「うるさいわねおまけよおまけー、そういうルールなのーはーいじゃあ」
再び足元が光る。
さっきのとは違う青い、なんだか不吉な光。
「いってらっしゃーい」
唐突な浮遊感。
そうして俺は、異世界に飛ばされた。




