第0話 プロローグ
「両目をよこせ」
醜悪な、品の欠片もないえみを浮かべ、俺の顔に向けられる指先。
正確には、こいつの言ったとおり両目に向けて。
「っ」
前髪を掴まれ、無理やり顔をあげられる。
抵抗したいが、両腕を掴まれ床に押し付けられた体制ではどうにもならない。
そもそも。
こんな化け物に力でかなうとは到底思えないが。
「…」
視線を向ける。
俺の腕を抑えている、男に。
…いや。
確かに体は人間だが、明らかに違う場所が一つ。
顔が、人間それではなかった。
知っている知識の中で言えば、馬のようにも見えるし、巨大な角は、鹿のようにも見える。
だが、俺の知っているそいつらは言葉も喋らないし、そもそも二足歩行もしない。
そんなのが三匹、俺をとりかこみ、押さえつけていた。
「どうだ、それで取引してやろう」
再び前にいる男が口を開いた。
巨大な椅子に座り、偉そうに俺を見下ろすそいつ。
瞳の奥には、愉悦を隠すつもりもなく。
ただ俺の、両目を指差す。
「…」
視線を下げる。
椅子に座るそいつの足元に、何かが転がっている。
ボロボロの布に、首輪に鎖を付けられているそれは、言葉の通りボロ雑巾のようだった。
遠目だが、かろうじて息をしているようには見える。
……………どうして、こうなった。
理不尽に感じてならない。
今の状況にも、自分の現状にも。
「お前がこいつを殺すか。両目をよこすか。……選べよ」
…ふざけんな。
なんで俺がこんなやつのために。
苛々する。
男を睨む。
今できる唯一の抵抗。
俺は、その程度のことをしながら、だけど。
ふと、心の端で、思ってしまった。
このまま死ねるなら、それもいいんじゃないか。
そんなことを。
そんなことを、思ってしまった。




