第8話 殿、突撃はまだ早い!
獣人族のロウガが仲間になり、ますます賑やかになったマサザネの家臣団。
しかし、ロウガの故郷を襲った魔物たちには、何やら不審な動きがあるようです。
今回は山への偵察任務!
……のはずですが、ロウガはすっかり戦う気満々です。
「突撃だぁぁぁ!」
「待たぬかぁぁぁ!」
朝の砦に、二つの怒鳴り声が響いた。
片方は狼族の戦士ロウガ。
もう片方は、元戦国武将にして現在十歳の少年、九戸政実である。
「マサザネ! 敵がいるんだろ!? だったら倒しに行くぞ!」
「偵察じゃと言うておろう!」
「偵察して、見つけたら倒す!」
「見つけたら帰るのじゃ!」
「なんでだ!」
「それが偵察だからじゃ!」
二人の言い争いを、リシアが呆れた顔で眺めていた。
「ねえ、あの二人って毎朝こうなの?」
「昨日からだな」
ベルンが木材を削りながら答える。
「昨日からで、もうこれか……」
その隣では、ガルドが大きな石を積み上げていた。
「がはは! いいじゃねえか! 威勢のいい若造は嫌いじゃねえぞ!」
「おぬしまで煽るでない!」
政実は頭を抱えた。
そもそも、昨日の夜に話を聞いたばかりなのだ。
ロウガたちを故郷から追い出した鬼――この世界でオーガと呼ばれる魔物。
その群れの背後に、通常の三倍もの大きさの怪物がいたという。
普通の鬼ですら家屋を壊し、橋を踏み砕く。
その三倍となれば、もはや城壁でも防げるか分からない。
「ロウガ。おぬしは、その大鬼と戦ったことがあるのか?」
「ねえ!」
「強さは分かるか?」
「分からねえ!」
「数は?」
「知らねえ!」
「ならば、まず調べるのじゃ!」
「……なるほど!」
ロウガは大きく頷いた。
「分かったぞ!」
「ようやくか!」
「調べてから突撃する!」
「突撃から離れぬかぁぁぁ!」
ピピが空中で腹を抱えて笑った。
「マサ! もう突撃大臣にしちゃえば?」
「そんな役職は作らぬ!」
「えー! かっこいいのに!」
こうして、マサザネの苦労に満ちた一日が始まった。
*
偵察隊は四人。
政実、リシア、ロウガ、そしてピピである。
ガルドは築城を、ベルンは水路整備を続けることになった。
「大将!」
出発前、ガルドが声をかけた。
「こいつを持っていけ!」
差し出されたのは、小さな金属の筒だった。
「なんじゃ、これは?」
「鳴子だ。紐を引けば大きな音がする。魔物に追われたとき、仲間に知らせるのに使えるぞ」
「ほう。ありがたい」
政実は筒を腰に下げた。
ところが、ピピが興味津々で覗き込む。
「ねえねえ! 鳴らしていい?」
「駄目じゃ」
「一回だけ!」
「駄目じゃ!」
「ちょっとだけ!」
「駄目と言うて――」
ガラガラガラガラッ!
「うわあああ!」
村中の鳥が飛び立った。
ガルドが豪快に笑う。
「がはは! よく鳴るだろ!」
「……ガルド」
「なんだ?」
「もう少し静かなものはないのか」
「警報を静かにしてどうする!」
「それもそうじゃが!」
リシアは深いため息をついた。
「……出発する前から敵に居場所を教えそうね」
*
森を抜け、北の山へ向かう。
獣人のロウガは、やはり足が速かった。
木の根を軽々と飛び越え、岩場も一息で駆け上がる。
一方、政実は――。
「はあ……はあ……」
「マサザネ、遅えぞ!」
「おぬしが速すぎるのじゃ!」
「まだ山の入口だぞ?」
「分かっておる!」
前世ならば馬に乗っていたところだ。
だが今は、十歳の身体。
山道を歩くだけで息が上がる。
「マサ、抱っこしてもらえば?」
「誰にじゃ!」
「ロウガ!」
「よし! 肩に乗れ!」
「断る!」
しばらくして。
「……少しだけなら、よい」
政実はロウガの肩に乗っていた。
ピピが笑い転げる。
「殿様が狼に乗ってるー!」
「乗っておらぬ! 運ばれておるだけじゃ!」
「同じだよ!」
リシアは呆れながらも、周囲への警戒を怠らなかった。
彼女の風魔法が、木々の間を静かに流れていく。
「……待って」
リシアが足を止めた。
「どうした?」
「血の匂いがするわ」
ロウガも鼻をひくつかせる。
「……ああ。魔物の匂いだ」
政実は肩から下りた。
「ピピ。上から見てまいれ」
「了解!」
妖精が木々の上へ飛び出した。
ほどなくして、慌てた様子で戻ってくる。
「いた! 鬼が三匹!」
「オーガよ」とリシア。
「鬼じゃ!」と政実。
「今それどうでもよくない!?」
ピピが叫んだ。
「それで、何をしておる?」
「大きな木を運んでる!」
「木?」
「うん! 森の奥にいっぱい集めてる!」
政実は眉をひそめた。
鬼が木材を運ぶ。
食料を探しているわけでも、人を襲っているわけでもない。
「……妙じゃのう」
「何がだ?」とロウガ。
「鬼が木を集めて何をする?」
「食うんじゃねえか?」
「木をか?」
「知らねえ!」
「知らぬなら堂々と言うでない!」
*
一行は茂みに身を潜め、谷を見下ろした。
そこには確かに、三匹のオーガがいた。
巨大な棍棒を腰に下げ、太い丸太を運んでいる。
しかも、ただ積み上げているのではない。
一定の場所に、長さを揃えて並べていた。
「……ほう」
政実の目が細くなる。
「リシア。鬼とは、あのように働くものなのか?」
「普通は違うわ。群れで行動することはあっても、あんなふうに作業するなんて……」
「やっぱり、おかしいんだ!」
ロウガが拳を握った。
「俺たちの村を襲ったときもそうだった! 群れが勝手に暴れてる感じじゃなかった!」
政実は黙って谷を見つめた。
丸太。
積み上げられた岩。
踏み固められた地面。
その配置が、妙に整っている。
(……陣地を作っておるのか?)
前世で幾度も見た、陣屋の設営に似ていた。
無論、鬼が人間と同じように考えるとは限らない。
だが、あの作業に何者かの意図があることは確かだった。
「……これは、ただの魔物の群れではないやもしれぬ」
「なら、なおさら倒そうぜ!」
「まだじゃ」
「なんでだ!」
「後ろに誰がおるか分からぬ」
政実は、丸太を運ぶ鬼たちを指さした。
「もし、あやつらが命令を受けて動いておるならば、命じた者がおるはずじゃ」
リシアが頷いた。
「確かに。それに、あの数を倒しても、別の群れが来るかもしれない」
ロウガは不満そうに唸った。
「……難しいことばっかりだな」
「だから、偵察なのじゃ」
政実が言うと、ピピが得意げに胸を張った。
「つまり、あたしの出番!」
「うむ。奥の様子を見てきてくれ」
「任せて!」
「ただし、見つからぬようにな」
「もちろん!」
そう言って飛び去ったピピ。
だが、数秒後。
「きゃああああ!」
「……何事じゃ!」
慌てて戻ってきた妖精の後ろから、巨大な影が現れた。
オーガである。
しかも、鼻をひくつかせながら、こちらへ近づいてくる。
「ピピ! 何をした!」
「何もしてない!」
「本当か!」
「ちょっと、干し肉を見つけただけ!」
「……食ったのか?」
「一口!」
「それを盗みと言うのじゃ!」
「お腹すいてたんだもん!」
オーガが咆哮した。
「グオオオオッ!」
ロウガの目が輝く。
「よっしゃ! 戦うぞ!」
「戦わぬ!」
「もう見つかってんだぞ!」
「ならば逃げる!」
「男らしくねえ!」
政実はロウガを睨んだ。
「男らしさで、民が守れるか!」
その言葉に、ロウガが一瞬だけ黙った。
*
「リシア! 風で匂いを流せるか!」
「少しなら!」
「ロウガ! 敵を引きつけろ。ただし、絶対に戦うな!」
「……分かった!」
ロウガが飛び出した。
「おらあああ! こっちだ!」
オーガが振り向く。
棍棒を振り下ろした。
ドゴォン!
地面が砕け、土砂が舞い上がる。
「うおっ!」
ロウガは寸前でかわした。
「……こいつ、前に戦ったやつより強え!」
「だから戦うなと言った!」
政実は周囲を見渡した。
右手には急な斜面。
左手には大きな岩。
その奥には、細い獣道が続いている。
「リシア! あの岩の向こうまで風を流せ!」
「何をするの?」
「敵の鼻を欺く!」
リシアが風魔法を放った。
枯れ葉と土埃が舞い、獣道とは反対側へ流れていく。
政実はロウガに叫んだ。
「こちらへ来い! 岩陰を抜けて退くぞ!」
「まだ戦える!」
「戦えることと、戦うべきことは違う!」
その瞬間。
政実の脳裏に、九戸城の光景が浮かんだ。
圧倒的な敵兵。
それでも城を守ろうとした家臣たち。
そして、失った命。
「……ロウガ!」
政実は声を張り上げた。
「生きて帰るまでが、わしらの戦じゃ!」
ロウガは目を見開いた。
そして、にやりと笑った。
「……分かったよ、大将!」
狼族の戦士は地面を蹴った。
オーガの棍棒が空を切る。
ロウガは一瞬で政実の横へ戻り、その身体を抱え上げた。
「よし! 全力で逃げるぞ!」
「待て! わしは自分で――」
「遅えから無理だ!」
「ぬおおおお!」
政実はロウガの脇に抱えられたまま、森を駆け抜けた。
ピピが爆笑する。
「マサ! 荷物みたい!」
「誰が荷物じゃあああ!」
*
しばらく走り、ようやく追手を振り切った。
政実は地面に下ろされ、息を整えた。
「……まったく。もう少し丁寧に運べぬのか」
「生きて帰れたんだからいいだろ!」
「それはそうじゃが!」
リシアが近づいてきた。
「でも、マサザネの判断は正しかったわ」
「ほう?」
「オーガを倒したところで、あの谷にいる他の魔物まで呼び寄せていたかもしれない」
「うむ。今のわしらに、大軍を相手にする力はない」
ロウガは腕を組んだ。
「……ちぇっ」
「不満か?」
「まあな。でも……」
ロウガは少し考えた。
「俺たちが故郷を追われたとき、強いやつから順番に突っ込んでいったんだ」
「……そうか」
「それで何人も怪我した。結局、村は守れなかった」
政実は黙って聞いた。
「今日みたいに、逃げることを先に考えてたら……違ったのかな」
その言葉に、政実は小さく頷いた。
「そうかもしれぬ。じゃが、過ぎた戦をやり直すことはできぬ」
「……ああ」
「ならば、次に生かせばよい」
ロウガは少しだけ笑った。
「お前、ほんとに変なガキだな」
「もう慣れたわ!」
*
帰り道。
ピピが、ふと思い出したように声を上げた。
「あっ!」
「なんじゃ!」
「大事なこと忘れてた!」
「また干し肉か!」
「違う!」
ピピは真剣な顔になった。
「谷の奥にね、人間がいたんだよ」
政実の足が止まった。
「……人間?」
「うん! 女の子みたいだった!」
「鬼の群れの中にか?」
「少し離れた岩場にいたの。魔物の足跡を調べてたみたい」
リシアが眉をひそめた。
「危険すぎるわ。普通の人間なら近づけない場所よ」
「それにね!」
ピピは続けた。
「その子、小さな魔物とお話してた!」
「魔物と?」
「うん! なんか、きゅるきゅる言ってるやつ!」
政実は腕を組んだ。
魔物は人間より強い。
そう聞いていた。
だが、その魔物と話す者がいるという。
「……不思議なものじゃのう」
「マサ?」
「この世界には、鬼と戦うだけではなく、鬼と語る者もおるのかもしれぬ」
リシアが小さく頷いた。
「魔物と心を通わせる者がいる、という話なら聞いたことがあるわ」
「ほう」
「ただ、とても珍しい力よ。普通の人間には真似できない」
政実は空を見上げた。
「……ならば、いつか会ってみたいものじゃ」
その言葉に、ピピが元気よく頷いた。
「じゃあ今から戻る?」
「戻らぬ!」
「えー!」
「今日は十分じゃ! 帰って報告せねばならぬ!」
ピピは不満そうに頬を膨らませた。
「マサって、ほんと慎重だよね」
「慎重で悪いか」
「たまにはロウガみたいに突撃しようよ!」
「おぬしまで何を言う!」
*
夕暮れ。
砦に戻ると、ガルドとベルンが待っていた。
「おう、大将! どうだった!」
「鬼がおった。しかも、ただ暴れておるのではない。何かを造っておった」
ガルドの表情が変わった。
「……何かを造る?」
「丸太や石を集めておった。あれは陣地のようにも見えた」
「魔物が陣地を造るだと?」
「うむ」
政実は地面に谷の形を描いた。
「鬼が三匹。さらに奥には相当数がおるやもしれぬ。山の向こうを調べる必要がある」
ベルンが唸った。
「そんなやつらが近くにいるなら、城壁を急がねえとな」
「さよう。じゃが、ただ高い壁を造るだけでは足りぬ」
政実は枝で、砦の周囲に線を引いた。
「まずは逃げ道を確保し、見張り台を増やす。それから敵が攻めにくい道を造る」
ガルドがにやりと笑った。
「……なるほど。土魔法の出番だな!」
「頼むぞ」
「任せろ! 今度こそ立派な城壁を造ってやる!」
ピピが横から叫んだ。
「トイレより大きいの?」
「当たり前だ!」
「やったー!」
政実は苦笑した。
しかし、その笑みはすぐに消えた。
山の向こうにいる、巨大な鬼。
統率された魔物たち。
そして、魔物と語る謎の少女。
この世界には、まだ知らぬことが多すぎる。
「……国を造るには、まず世界を知らねばならぬのう」
政実は静かに呟いた。
*
その夜。
遠く離れた山の谷。
一人の少女が、小さな魔物の傷を手当てしていた。
「……大丈夫。もう痛くないよ」
少女の指先から、淡い光がこぼれる。
魔物は安心したように目を閉じた。
その少女の背後で、巨大な足音が響いた。
ドシン。
ドシン。
振り返ると、森の木々よりも大きな影が立っていた。
三本の太い角。
岩のような腕。
そして、人を容易に踏み潰せそうな巨大な身体。
少女は静かに呟いた。
「……また、追い立てられてるんだね」
巨大な魔物は、何も答えなかった。
ただ、その背後には幾つものオーガの影があった。
「誰かが、みんなを動かしてる……」
少女は小さな魔物を抱き上げた。
「止めなきゃ。でも、私一人じゃ……」
そのとき、谷の向こうから風が吹いた。
遠くの丘に、小さな灯りが見える。
少女はその光を見つめた。
「……あそこに、人が住んでるの?」
やがて彼女は、決意したように歩き出した。
少女の名は、ナギ。
魔物と心を通わせる、不思議な力を持つ人間だった。
そして彼女との出会いが、マサザネの国づくりを大きく変えることになる。
――第8話・完――
第8話をお読みいただきありがとうございます!
今回は、ロウガとマサザネの初めての本格的な偵察任務でした!
戦いたいロウガと、戦わずに情報を持ち帰りたいマサザネ。
少しずつですが、ロウガも戦術の大切さを理解し始めたようです。
そして、魔物たちの不自然な行動。
いったい誰が、何のために動かしているのでしょうか?
さらに、魔物と心を通わせる少女ナギが登場!
次回、第9話 「魔物使いは鬼を怖がらない!」
魔物は倒すものなのか、それとも共に生きられる存在なのか。
マサザネが、新しい国の可能性に気づくお話です。
次回もお楽しみに!




