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第12話 命懸けの労働は最高のスパイス

あのスクリームマンドレイクの群生地を更地にしてから、さらに数日が経過した。


現在の地形は、僕の背丈を優に超える巨大なシダ植物と、大蛇のように太い蔓が網の目のように交差するジャングルのような地帯だ。

足元にはぬかるんだ腐葉土が広がり、濃密な湿気とむせ返るような青臭い匂いが空気を重くしている。一見すると生命力に溢れた豊かな森に見えるが、奇妙なことに、鳥のさえずりや羽虫の羽音一つ聞こえない。

風が吹いて巨大な葉が揺れる音しかしない不自然な静寂が、ここが通常の生態系ではないことを無言で告げていた。


「……フム。コレハ、良イ香辛料ニナル、黄金根おうごんこんデスネ。街デ、高ク売レソウ、デス」


「みゃお」


僕が太い蔓の根元からゴツゴツとした黄金色の根を掘り出すと、足元で待機していたシャノワールが口を大きく開けるように影を広げ、そこへ根っこをポイッと放り込んだ。


「おいユウ。あんまり列から離れるな。この辺りはいつどこから魔獣が襲ってくるか分からねえ領域だぞ」


前を歩くノエルが、背中の長剣の柄に手をかけたまま振り返る。


「ワカッテ、イマス。ノエル、ソノ辺ノ雑魚魔獣ハ、チャチャット、ブッ殺シテキテ、クダサイ。ワタシ、コノ根ッコ、掘ルノデ」


「お前なぁ……! 言葉が上達してきたと思ったら、なんで俺を顎で使うようになってんだよ! 大体その物騒な言い回しはどこで覚えたんだ!」


「ノエルノ、心ノ声、デス。私ノ魔力ハ、イザトイウ時ノタメニ、温存シマス。貴重、デス。ノエルノ剣ハ、タダ、デス」


「みゃおッ!」


シャノワールが「そうだそうだ!」とでも言わんばかりに、尻尾をピンと立てて得意げに鳴いた。


「俺の労力をタダ扱いすんな! それにシャノワール、お前もユウに甘やかされて最近態度でかくないか!?」


ノエルのツッコミに、僕は肩をすくめてみせた。

外面の良い丁寧なカタコトの中に、彼の思考の癖から拾ってしまった粗野な言葉がバグのように混ざる。そんな僕の言葉遣いにも、ノエルはすっかり慣れたらしい。変な遠慮が抜け落ち、気兼ねない軽口を叩き合えるこの空気は、重苦しい森の道中では悪くない。


「フゥ……まあいい。とにかく気は抜くなよ。この奥地には、気配すら――ッ!」


軽口を叩き合っていたノエルが、不意に弾かれたように足を止め、極度の緊張状態に入った。

同時に、足元で呑気に尻尾を揺らしていたシャノワールも「フシャーッ!」と毛を逆立て、何もない空間に向かって鋭い威嚇の声を上げる。


「……マズい。森の環境音が、この一帯だけ不自然に消えてやがる。完全に景色と同化する魔獣、『迷彩蜥蜴カモフラージュ・リザード』だ。光学的に姿を消すだけでなく、気配まで森に溶け込ませる厄介な奴だ。どこにいる……!」


ノエルが長剣を引き抜き、ジリジリと円を描くように周囲を警戒する。


だが、僕はノエルの焦りをよそに、脳内の記憶から該当のページを検索していた。


(ええと、カモフラージュ・リザード……。あっ、これだ。――『非常に発見が困難。だが、その太い尾の肉は絶品であり、王侯貴族の晩餐会で出されるほどの超高級食材である』)


僕の脳内で、猛烈な勢いでそろばんが弾かれる。


超高級食材。つまり、高く売れる上に、美味い。


「グヘヘッ……」


僕は思わず、悪徳商人のような笑みを浮かべて愛用の鉈鎌を引き抜いた。


変温動物である蜥蜴は周囲の温度と同化しやすいため、熱源探知では見つけにくい。だが、僕の『構造認知(ディープスキャン)』は空間の物理法則そのものを把握する。


視界を切り替えると、右斜め上の太い枝にかかっている「不自然な質量」と「微小な心音の振動」が、完璧な座標として浮かび上がった。


(……見えた。木の上から、ノエルの首を狙っているな。いや、待てよ。右の茂みにも、背後にもいる。一匹じゃない。完全に包囲されているじゃないか。……つまり、超高級食材のフルコースってことだ)


「ノエル、右斜メ上、三メートルノ枝ノ上! ソコニ、タダノ労力、ブチ込ンデ、クダサイ!」


「だからタダじゃねえっての! ……シッ!」


僕の正確な座標指示を受け、ノエルは一切の躊躇なく踏み込み、風を纏った魔法剣を上段へと振り抜いた。


空を切ったかに見えたその軌道上で醜悪な悲鳴が弾け、何もない空間から体長二メートルほどの巨大な蜥蜴が血飛沫と共に姿を現し、落下してくる。


「シャノワール!」


「みゃおッ!」


僕の呼応に合わせ、シャノワールが地面の影から鋭い漆黒の触手を射出し、落下する蜥蜴の四肢を絡め取って完全に縫い止めた。肉に打撲をつけないための完璧なアシストだ。


僕は空中で拘束された蜥蜴の急所を突いて一瞬で絶命させ、流れるような手付きで血抜きの処置を行う。


「ノエル、次、後ロ、二メートル!」


「ッ!? クソ、まだいるのかよ!」


背後へ振り返りざまに剣を一閃するノエル。二匹目が姿を現して地に落ちる。


僕とシャノワールは息の合った連携でそれを拘束し、瞬時に解体へと移行する。


「次、左ノ茂ミ! ソノ次、真上カラキマス!」


「ふざけんな! どんだけいるんだよこの森は!」


ノエルが冷や汗を流しながら、死に物狂いで見えない敵を斬り伏せていく。


対する僕は、次々と降ってくる「超高級食材」を前に満面の笑みを浮かべ、大急ぎで尻尾肉を切り出し、ついでに心臓付近から採れる『魔石』をホクホク顔で回収していた。


ラノベの知識で魔獣の体内に魔石があるだろうとは予想がついていたし、実際にこれまでの解体の過程で気付いてはいた。だが、過酷なサバイバル生活において具体的な使い道を見出せず、わざわざ時間をかけてまで取り出さずに放置していたのだ。


しかし、つい最近ノエルとの会話の中で、魔石が魔導具の燃料として高く換金できるアイテムだと知った。カネになると知った今、これからは絶対に一つ残らず回収しなければならない。


「フフフ。ノエル、スゴイデス! 大漁、大漁!」


「ハァッ、ハァッ……お前らなぁ! こっちは命懸けで剣振ってんのに、なんで屋台の店主みたいな顔で嬉々として解体してんだよ! 頼むから少しは緊張感持ってくれ! お前の肝が据わりすぎてて、こっちまで調子狂うだろうが!」


肩で息をするノエルの足元には、数匹分の迷彩蜥蜴の亡骸が転がっている。


僕は切り出した大量の尻尾肉と魔石をシャノワールの影に放り込み、ホクホク顔で頷いた。


◆ ◇ ◆


その日の夜。


ノエルが焚き火の周囲に「魔獣除けの香木」を焚き染めた野営地で、僕はひどく真剣なトーンで彼に切り出した。


「ノエル。実ハ、コノ数日、歩キナガラ、ズット頭ノ中デ演算ヲ重ネテキタ『新シイ術式』ガ、ツカエルヨウニ、ナリマシタ」


僕の言葉に、剣の手入れをしていたノエルの手がピタリと止まり、彼がゴクリと息を呑む音が聞こえた。


「……マジかよ。おいユウ、お前、道中ずっと虚空を見つめながらブツブツと呟いてたのは、その計算をしてたのか?」


「ハイ。ノエルヤ、シャノワールガ、守ッテクレルノデ。私ハ、新シイ理ノ構築ニ、集中デキマシタ」


天才のように一瞬で魔法を創造できるわけではない。この数日間、僕は歩きながら、休憩しながら、常に頭の中で物理法則とマナの変換効率のすり合わせを繰り返し、何度も失敗と微調整を重ねて、ようやく一つの独自の理を形にしたのだ。


「……信じられねえ。普通、魔導師ってのは既存の術式を会得して手札を増やすもんだぞ。一から新しい理を構築して魔法を作れる奴なんて、ごく一部の研究機関の連中か、よっぽどの魔法オタクくらいだ」


張り詰める緊張感。


あの死の叫びを完封した僕が、数日かけて練り上げた新魔法。一体どんな恐ろしい破壊をもたらすのかと、ノエルが冷や汗を流しながら僕の指先を注視する。


「見テテ、クダサイ」


僕は、石鍋に湧き水を張り、先ほど切り出した迷彩蜥蜴の最高級の尻尾肉を、香草と一緒に放り込んだ。


そして、鍋の底にそっと指先を当てる。


「――『熱源操作(サーモ・コントロール)』」


ポワッ、と微かな魔力の光が石鍋を包み込んだ。


だが、水が沸騰して激しく泡立つわけでもなく、周囲の気温が急上昇するわけでもない。ただ、鍋の中の水が、静かに湯気を立て始めただけだ。


「……ユウ? 何も起きてないぞ?」


「起キテ、イマス。コレデ、石鍋ノ温度ヲ、ピッタリ65度ニ、1時間維持シマス」


「……は? ろ、65度? 周囲一帯を灰にするような破壊魔法じゃなくて?」


僕は目を輝かせながら、石鍋の中の肉を見つめて熱く語り始めた。


「ノエル、破壊ナンテ大味ナ魔法、魔力ヲ込メレバ、イツデモ作レマス。デモ、肉ノタンパク質ガ硬ク変性セズ、最モ旨味ト肉汁ヲ閉ジ込メラレル奇跡ノ温度……ソレガ『65度』デス! 外ノ気温ヤ風ニヨル熱ノ喪失ヲ計算シテ、魔力ノ熱量供給ヲ、ミリ単位デ微調整シ続ケル……コノ術式ヲ組ムノニ、ドレダケ試行錯誤シタカ!」


「オマエ……」


僕の狂気じみたオタクの情熱が伝わったのか、ノエルは天を仰ぎ、両手で顔を覆った。


「王都の研究者が聞いたら卒倒するような超絶技巧を……料理の火加減だけのために開発したのかよ……。マジで調子が狂う……」


足元で丸くなっていたシャノワールまでが、やれやれというように短く鳴いて前足で顔を洗っている。


だが、食事はサバイバルの基本なのだ。


僕は胸を張り、きっちり1時間、一切のブレなく65度を維持し続けた。


◆ ◇ ◆


「……美味い」


焚き火の横で、ノエルが震える声で呟いた。


表面だけを高温の炎でサッと炙り、香ばしさを引き出した迷彩蜥蜴の厚切り肉。


ノエルがそれを噛み締めた瞬間、彼の目からポロリと一筋の涙がこぼれ落ちた。


「悔しいけど……信じられないくらい美味いッ……! なんだこれ、肉がとろける……! 噛まなくても肉汁が溢れてきやがるッ!」


隣では、自分用の切り身をもらったシャノワールが、目をトロンとさせて幸せそうに喉を鳴らし、尻尾をゆらゆらと揺らしながら肉に齧り付いている。


「フフ。ソウデショウ。王族ノ晩餐会ニモ、負ケナイ味、デス」


僕も自分の分の肉を口に運び、その圧倒的な旨味と柔らかさに頬を緩ませた。理系クッキング、大成功である。


「アァ、美味イ。ノエル、明日モ美味しいお肉ノタメニ、立派ナオトリ……イエ、前衛、ガンバッテクダサイネ」


僕がわざとらしく言い直すと、肉の美味さに感動していたノエルがガバッと顔を上げた。


「おい! 今完全に『囮』って言ったよな!? はっきり囮って言ったぞお前!」


「気ノセイ、デス。ワタシノ、発音ガ、マダマダ悪イダケ、デスヨ。……サア、オカワリ、タクサン、アリマス。蜥蜴、イッパイ、イマシタカラ」


「……あークソッ! 絶対ワザとだろ性格悪いな! でも食う! おかわりだ!」


ノエルが半ばヤケクソのように木の器を差し出し、僕はそれに分厚い肉を切り分けてやった。


パチパチと爆ぜる焚き火の音と、ノエルの文句、そしてシャノワールの嬉しそうな鳴き声が、奥地の恐ろしい夜の闇を温かく退けていく。


僕たちはすっかり気兼ねなくなった軽口を叩き合いながら、極上の晩餐会と化した危険な森の夜を、存分に味わい尽くした。



【読者の皆様へ】

誰かがこの物語に目を留めてくださったこと、そして「面白かった」「続きが気になる」と楽しんでいただけることが、今の私にとって何よりの喜びであり、執筆の大きな力になります。

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