表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/18

第11話 金の亡者は絶叫を黄金と化す

安全圏だった洞窟を離れ、本格的な探索を開始してから三日が経った。

なだらかだった斜面はいつの間にか姿を消し、今は巨大な樹木の根と、苔むした岩肌が複雑に絡み合う険しい獣道を歩いている。


踏み出すたびに、水を含んだ腐葉土がグチャリと嫌な音を立てる。周囲に生い茂る木々の幹は苦悶するようにねじ曲がり、垂れ下がった枝には、毒々しい紫色の斑点を持つツル草がびっしりと巻き付いていた。

むせ返るような甘ったるい腐敗臭が鼻腔を突き、視界の端で得体の知れない影が蠢くたびに、僕の足元を泳ぐシャノワールが「フシャーッ」と低い喉を鳴らして警戒を強める。


「……フム。コレハ、良イ薬草、デス。止血ダケデナク、魔力回復ノ効能モ、アリマスネ」


「みゃお」


僕がひときわねじ曲がった木の根元から赤紫色の草を引き抜くと、足元で待機していたシャノワールが口を大きく開けるように影を広げ、そこへ薬草をポイッと放り込んだ。

脳裏に、拠点での言語学習時に『構造認知(ディープスキャン)』で読み込んだ図鑑のページが鮮明に浮かび上がる。記載されている生態や薬効のデータが、即座に今の視覚情報とリンクしていた。


「おいユウ。あんまり列から離れるな。この辺りは魔獣だけじゃなく、植物自体が殺しにかかってくる領域だぞ」


前を歩くノエルが、背中の長剣の柄に手をかけたまま振り返った。


「ワカリマシタ。ノエル、サスガ、デス。モリノコト、クワシイ、デスネ」


「これでも辺境じゃ名の知れた……いや、長年各地を旅してきたからな。魔獣だけじゃなく、環境そのものが殺しにかかってくるのが深層ここの恐ろしさだ。一瞬の油断が命取りになるぞ」


ノエルの言葉は、僕の脳内で『構造認知(ディープスキャン)』と『同調(リンク)』のバックグラウンド処理により、ごく自然な日本語としてスラスラと翻訳されている。

一方で、僕自身の発声回路はまだ現地の音韻法則に完全に馴染みきっておらず、こうして片言の丁寧語で返すのが精一杯だった。それでも、数日前に比べれば格段に「会話」としてのキャッチボールが成立しつつある。


「みゃお……」


影の中を滑るように進んでいたシャノワールが、不意に実体化して僕の足元に飛び出してきた。

上空は枝葉が密集しすぎて視界が効かないため、彼は空中偵察を諦め、地面の影を伝って土の振動やマナの淀みを感知する「影の索敵」を続けていた。

そのシャノワールが、鼻先をヒクヒクとさせ、背中の毛を逆立てて明らかな警戒を示している。


「おい、止まれユウ! 戻るぞ!」


同時に、前を行くノエルが弾かれたように足を止めた。

長剣を完全に引き抜き、その灰色の瞳を鋭く細めて、崖に挟まれた一本道の先を凝視している。


「ノエル、ドウシマシタ、カ?」


「……最悪だ。地図には表記されていなかったが、この断崖の細道に陣取ってやがる。ユウ、絶対に音を立てるな。あれはスクリームマンドレイク……別名『死の叫び』の群生地だ」


ノエルの切迫した声に釣られ、僕も目を凝らす。

切り立った崖に挟まれ、どうしても通らなければならない唯一の獣道。そこを完全に塞ぐように、不気味な紫色の葉を繁らせた植物が、何十体と地面から頭を出していた。


「いいかユウ、あれは近づくだけでアウトだ。奴らが一斉に叫べば、耳を塞ごうが魔力で防御しようが無駄だ。音波に乗った特殊な魔力が直接意識を揺さぶり、こちらの精神を即座に破壊してくる」


ノエルはジリジリと後ずさりしながら、僕の肩を強く押し、必死に引き返そうとする。


「迂回するぞ。この崖を登るか、数日かけて別のルートを探すしかない。数日戻ることになっても、命を捨てるよりはマシだ。絶対に刺激するなよ」


だが、僕はノエルに押されながらも、彼の言葉を半分聞き流し、彼の持っていた魔物図鑑の『死の叫び』の項目を脳内で検索していた。


(――「極めて希少な薬効」「最高級の魔力触媒」「王都の貴族が喉から手が出るほど欲しがるため、金貨数枚から、質の良いものは家が建つほどの高値で取引される」。……えっと、待てよ?)


僕は目の前に群生している紫の葉っぱの数をざっと数える。

十、二十、三十……優に五十株はある。

頭の中で、猛烈な勢いでそろばんが弾かれた。


(これ全部収穫したら、一体いくらになる? 街での生活費どころか、最上級の宿に泊まって、魔導書を買い漁って、一生遊んで暮らせるんじゃないか?)


現金なもので、さっきまで不気味で禍々しく見えていた紫の葉っぱが、僕の目には急に光り輝く黄金の束にしか見えなくなってきた。


(欲しい。めっちゃ欲しい。……でも、命あっての物種だ。ノエルの言う通り、あの絶叫をまともに食らえば廃人になる。ノーリスクで安全に刈り取る算段がつかないなら諦めるけど……いや、いける。理論上は可能なはずだ)


僕は立ち止まり、ノエルの服の裾を掴んだ。


「ノエル、マッテクダサイ。アレ、オカネ、デス。タクサン、オカネ、デス」


「は? お前、何言って……おい、ユウ! 目が怖いぞ! ガンギマリじゃないか! 落ち着け、確かに超高額素材だが、命を捨てる気か!」


「ダイジョウブ、デス。ワタシ、アンゼンニ、トルホウホウ、アリマス」


「安全なわけあるか! 国が討伐隊を出すレベルの群生地だぞ! 頼むから諦めてくれ!」


完全に守銭奴モードに入った僕の肩を、ノエルが前後にガクガクと揺らす。

その必死の制止を「ハイハイ」と適当になだめつつ、僕は頭の中で急速に魔法のロジックを組み立てていた。


(音波に乗った魔力による精神破壊……。いくらマナ結合でダイヤモンド並みに硬い氷を作って物理的に隔離しても、物質である以上、音の振動はむしろよく通してしまう。音波を完全に防ぐには、媒質そのものを無くす『真空層』が不可欠だ)


だが、僕の『内的世界(独自の魔法理論)』には、まだ「真空」という概念をことわりとして定着させていない。一から独自の術式として演算を重ね、安定させるには、かなりの日数がかかる。今ここで即席で作り出せるようなものではない。


(だから、手っ取り早くノエルの理をカンニングさせてもらおう)


「ノエル、チョット、ウデ、カシテクダサイ」


「え? うわっ、なんだ!? 引っ張るな!」


僕は戸惑うノエルの腕をガシッと掴み、『同調(リンク)』を接続した。

ノエルが魔法剣を使う際、剣の周囲の空気を引き剥がして風を纏う、あの独特な「負圧」の感覚質。それを読み取り、僕の魔法の起動式に一時的なパッチ(継ぎ接ぎ)として組み込む。


(……うわ、気持ち悪っ)


痛いわけではない。ただ、ものすごく「滑る」のだ。

ノエルと僕とでは、世界の捉え方や考え方が根本的に違う。直感的で流動的な彼の理を、論理的で規則的な僕の内的世界に無理やり当てはめようとしているため、術式が定着するどころか、維持するだけでもパズルのピースが弾け飛んでしまいそうな激しい違和感がある。


それでも、目の前の莫大な資産マンドレイクのためなら、少々の不快感など安いものだ。


僕はいざというとき逃げられるよう、群生地から六十メートル離れた安全圏から、地面に手を突き立てた。


「――『氷鏡結界(アイスミラー)』、タジュウ・テンカイ」


ピキピキと冷たい音を立てて、崖と崖の間、紫の群生地全体をすっぽりと覆い隠すように、巨大な二重の氷のドームが組み上がる。

同時に、僕は『構造認知(ディープスキャン)』を内壁の氷に介入させた。氷の分子配列を強制的に調整し、音波と魔力を乱反射させる完全な「鏡」の性質を付与する。

そして、ノエルから借りた感覚質を強引に制御し、二つの壁の隙間にある空気を力技でパージ(排除)し、擬似的な真空層を作り出した。


(クソッ、大気圧が外側の氷を押し潰そうとしてくる……! ノエルの理が僕の制御から滑り落ちそうだ。やっぱり、自分の内的世界にない魔法を即席で使うのは綱渡りすぎる……!)


鼻血が出そうなほどの集中力でドームを維持しながら、僕は叫んだ。


「シャノワール! コオリノ、シタカラ、カゲヲ、モグリコマセテ! ナカノヤツラノ、ハッパヲ、バシバシ、タタイテ、オドロカセテ!」


「みゃおッ!」


僕のやけに具体的な指示を受け、シャノワールが「まったくもう」と言わんばかりに呆れたように一つ鳴いてから、氷のドームの地中深くへ影を潜り込ませた。

そして、ドームの内部で無数の触手を出現させ、マンドレイクたちの葉っぱや根元を一斉にペチペチと叩いて回った。


『――ギギィィィイイイイイイイイイッ!!!!』


ドームの内部の空気が、物理的に「歪んで」見えた。

安眠を妨害された数十体のスクリームマンドレイクが、怒り狂って放った殺人的な絶叫。

だが、その音波は真空層に完全に遮断され、行き場を失って『氷鏡結界(アイスミラー)』の内壁に激突する。

逃げ場のない密閉空間で乱反射し、幾重にも重なり極限まで増幅された「精神を破壊する波動」は、外部へ漏れることなく、音源であるマンドレイク自身の神経系へと、数倍の威力となって叩きつけられた。


氷のドームの外側。

ノエルは両耳を強く塞ぎ、いつでも僕を抱えて逃げ出せるように腰を落として身構えていた。

だが、いつまで経っても「死の叫び」は聞こえてこない。

巨大な氷のドームが、内側からの凄まじい衝撃でミシミシと微かに震動しているだけだ。


「……おい。ユウ、お前……一体何をしたんだ……?」


ノエルが、恐る恐る耳から手を離し、呆然と口を動かす。

僕はドーム内の振動が完全に静まるのを待ってから、慎重に術式を解除した。


パァンッ、と氷が砕け散り、土煙が晴れる。

その先には、紫の葉っぱがだらんと力なく垂れ下がった群生地が現れた。

よく見れば、自らの叫びによって精神崩壊を起こしたのか、どれもこれも壮絶な顔つきで地面にぶっ倒れている……気がする。そもそも植物に顔があるのかはよく分からないけど、漂うオーラが完全に「燃え尽きたぜ……」という感じだった。


「……アンゼン、カクニン。カネ、シュウカク、デス」


「いや、安全確認って、お前あの死の叫びをどうやって……って、おい! 素手で触るな! まだ生きてて不意に叫んだらどうする!」


「ダイジョウブ、デス。ゼッタイ、キゼツ、シテマス」


僕はノエルの制止も聞かず、制御の難しさによる疲労で少しふらつきながらも群生地へスキップ気味に歩み寄る。そして、失神したスクリームマンドレイクをホクホク顔で、まるで畑の大根でも収穫するかのようにウキウキと引っこ抜き始めた。

家が建つ。本が買える。これで当面の路銀に困ることは絶対にない。


「……ありえねえ。普通、そんなふざけたノーリスクな狩り方なんて誰も思いつかねえよ。……魔法使いっていうか、お前、ただのカネの亡者だろ……」


ノエルは、安全圏から一歩も動けないまま、僕の背中を半ば呆れ、半ばドン引きの眼差しで見つめていた。


「ノエル、イキマショウ。カネ、マダマダ、アリマス、カ?」


収穫を終え、シャノワールの影に「金貨の山」をパンパンに詰め込んだ僕は、満足げな笑顔でノエルを振り返った。

先ほどまでのカタコトの羅列に、少しずつ滑らかで自然なイントネーションが混じり始めている。


「ねえよ! お前この森の生態系を更地にする気か! ……というか、デュグラスまではまだまだ先だ。ここからが樹海の本当の深部なんだからな、気を引き締めろよ。ったく、心臓がいくつあっても足りねえ……」


ノエルは深い溜息をつき、頭を抱えながらも、どこか毒気を抜かれたように力なく笑って歩き出した。

ノエルから借りた理の違和感は、今も僕の脳の片隅に不快な感触として残っている。


(今はまだ、一時しのぎの不完全な魔法だ。だけど、成功したこの感覚質の記憶を基に、自分なりに突き詰めていけば……いずれ僕の内的世界に適した『真空』の理として定着させられるはずだ)


影に詰め込まれた莫大な資産の重みにニヤニヤと口角を上げながら、僕は薄暗い獣道を意気揚々と歩き出した。



【読者の皆様へ】

誰かがこの物語に目を留めてくださったこと、そして「面白かった」「続きが気になる」と楽しんでいただけることが、今の私にとって何よりの喜びであり、執筆の大きな力になります。

もしよろしければ、ページ下部にある星マーク(☆☆☆☆☆)から評価をつけていただいたり、ブックマークで応援していただけると本当に嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ