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箱庭少女のロジック 〜かつて世界を滅ぼした最強のオートマタは僕の指示しか聞かないらしい〜  作者: 邑沢 迅
レガリス編

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第95話:迷える子羊へ

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「ふたりでーいったーよこちょのふろやー」


 鼻歌交じりに暖簾をくぐる。


「ノスタルジックなメロディね…」


 クローディアさんは私の歌を聞いていたようで、感想をぽつりと漏らした。


「ふふっ、私のお気に入りなんです」

「何っていう歌なんです?」


 エレーナさんが不思議そうに小首を傾げた。あっ…おじいちゃんがよく聞いてたから無意識に口ずさんじゃったけど、これって相当古かったっけ…。いや、そういうことじゃなくて…そもそもここ、日本じゃないんだから古いもなにもないよね…。


「わ、私の世界の、古い歌です!…あっ、お待たせしました、ジリウスさん!」


 オアシス亭の入り口に出ると、コータさんの監視鳥バードを頭に乗せたジリウスさんが直立不動で立っていた。その人間離れした美しさと、頭に鳥を乗せているというシュールな風体から、道行く人々の視線を色んな意味で独占してしまっていた。


「ニーナ。体温、心拍、血圧が僅かに上昇しています。入浴による効能でしょうか」


 彼らしい、正確すぎる分析が降ってくる。


「ふふっ、それもあるかもしれないけど…」

「『楽しい』ってことだと思うわよ、ジリウスさん」


 私が答えようとしたところへ、クローディアさんがふわりと言葉を添えた。湯上がりの艶やかな彼女もまた、ジリウスさんとは別の意味で道行く人の目をガッツリと引いていた。


「楽しい」


 ジリウスさんの表情はいつものように無機質なまま変わらないけれど、彼の中でその感情と生体データとを擦り合わせるように、難しいことを考えているんだろうなぁと容易に想像がついた。


「じゃあ、次の目的地に行きましょうか」



「ここ、よく当たるって評判なんですよ!」


 街の中心部へと戻る道すがら、エレーナさんがニコニコと指し示した先には、路地裏にひっそりと佇む怪しげな占い師のテントがあった。


「ワタシは占いなんて信じないネ。道は己の拳で切り開くものアル」

「結果を『参考』として素直に受け入れ、前向きに楽しむ姿勢を持つ…その程度でいいのよ」


 鼻で笑うシャオさんを、クローディアさんがうふふと笑ってたしなめる。


「私がこの前占ってもらった時は、恋愛には当分恵まれないって言われちゃいましたけどね…」

「あれ…デリクさんは…」


 私が不思議に思って首を傾げると、エレーナさんは顔を真っ赤にして勢いよく両手を振った。


「えっ!?や、やめてくださいよニーナさん!共同体レゾナントだからって、そういうことにはなりません!パートナーとしては信頼していますけど…!」


 なるほど。一緒に居るけど、あくまで仕事仲間。フィギュアスケートのペアの人たちみたいな感じなのかな…?


「そこの、髪の短い、そう、おぬしじゃ……」


 私たちがテントの前ではしゃいでいると、中からしわがれたおばあさんの声が聞こえた。


「……私?」

「こちらにくるがいい…」


 私は誘われるがままにテントの中へと入り、小さな丸テーブルの前の席に座った。


「迷える子羊よ…この老骨がおぬしを占ってしんぜよう…」

「…」


 おばあさんは私の両手をギュッと握り、うーんと何やら深く考え込んでいるようだった。 が、次の瞬間――。


「ハァッ!」


 おばあさんはカッ!と目を見開いて、私の目を恐ろしいほどの剣幕でのぞき込んできた。


「見える…おぬし、別世界…!そして、銀の髪…二人…燃える空…喪失……ッ!」


 パッ、と弾かれたように私の手を放し、何かにひどく怯えるような、あるいは悲しいような目で私を見るおばあさん。


「え…何が見えましたか…?」

「…とんでもないものを背負っておるな。…己を信じ、進めば道は拓けるだろう…」

「何言ってるアル?ボケてるネ?」


 深刻な空気をぶち壊すように、外からシャオさんが顔を出した。


「たわけ、団子娘!」

「ひぃっ!?」

「…そこの、美しい青年よ」


 おばあさんはシャオさんを一喝した後、私の後ろに静かに控えていたジリウスさんへと真っ直ぐに視線を向けた。


「おぬしの手で、この娘を、守ってやるのじゃぞ。…さあ、帰った帰った!」


 一方的にまくしたてると、おばあさんはシッシッと私たちを追い出してしまった。


「背負う…?そして、守る…ジリウスさんが、私を…」

「あくまで『参考』よ、ニーナさん。気にしすぎないようにね」

「あ、はい!」


 クローディアさんが優しく肩を叩いてくれた。 詳しいことはわからないけど…あのおばあさんが口にした『別世界』や『銀の髪』という言葉。なんだか私の過去も、そしてジリウスさんの事も、真実を全て見透かされたような気がして、私は少しだけ、ドキドキと胸を高鳴らせていた。



 夕暮れ時。西の空が赤く染まり始める頃、私たちは夕食の買い出しのために、活気あふれるゼノスの市場を歩いていた。今夜は、別行動をしていたコータさんやデリクさんたちとも合流して、ギルドの宿舎の中庭でバーベキューをすることになっているのだ。


「お魚も…お肉も、お野菜もこれでばっちりかな」


 私は両手いっぱいに抱えた紙袋の重みに満足感を覚えながら、隣を歩く…いや、浮くジリウスさんを見上げた。彼は、私の何倍もの重さがあるはずの荷物を、涼しい顔で持っている――というかふわふわと浮かせていた。


「あ、そうだ。ジリウスさんも、アルテアさんみたいに食事はしないんですか?」


 先日の『剛腕の胃袋』での、アルテアさんの凄まじい食べっぷりを思い出して尋ねてみた。


「生命活動を維持するために、外部の食物から栄養素を摂取する必要はありません。しかし、機構として物質を口腔から取り込み、内部で処理することは可能です」

「味はわかるんですか?」

「味覚センサーも実装されています。情報の収集手段としての優先順位は低いですが、摂取物の化学的解析は可能です」


 なるほど…。ジリウスさんも、アルテアさんと同じように食事ができるのか。だったら。


「今夜のご飯、一緒に色々なものを食べてみましょう!ジリウスさんの好きな物とか、嫌いな物とか、見つかるかもしれないし!」

「『好きな物』。言葉の概念と定義はデータにありますが、私には必要ありません」


 淡々と事実だけを述べるジリウスさん。でも、私はそんな言葉には引き下がらなかった。


「私が知りたいんです!ジリウスさんが何を『美味しい』って感じるのか…わぁ、なんだかすごくわくわくしてきた!」


 私が満面の笑みで言うと、ジリウスさんの瞳がチカチカと小さく明滅した。そして、彼が少しだけ、本当に数ミリだけ目を細めたような…気がした。


「ニーナ。体温、心拍、血圧が僅かに上昇しています。『楽しい』ですか?」


 お昼に話したこと、ちゃんと覚えてくれてたんだ。


「はい、楽しいですよ!誰かと一緒に食事をしたり、好みを共有したりするのって、すごく楽しいし、嬉しいんです!」

「共食。食事を共有することにより、帰属意識の向上、共感の醸成、心理的障壁の低下など、様々な有効な生体効果があることはデータとして認識していますが――」


 真面目な顔で難しい分析を始めるジリウスさんに、私は笑いながら『しー』と、唇に人差し指を立てた。


「小難しいことはいいんです!今日はただ、一緒に楽しむ!ねっ?」

「…了解、ニーナ」


 ジリウスさんは少しだけ戸惑ったような沈黙の後、いつものように静かに頷いてくれた。


「おーい、ニーナ、ジリウス!早く来るネ!」


 遠くから、シャオさんが大きく手を振って私たちを急かしている。


「あ、はい!行こう、ジリウスさん!」

「はい」


 夕日に照らされたゼノスの街角で、ジリウスさんと並んで歩く。彼の中に少しずつ芽生え始めているかもしれない『心』の温かさを感じながら、私は今夜が待ち遠しくて仕方がなかった。


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箱庭少女のロジックを1話から読む

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