第89話:刻まれた傷跡と特大の迷言
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「ニーナぁ…あったかいアルゥ…むにゃむにゃ」
すっかり酔いつぶれたシャオさんが、私の膝を枕にして気持ちよさそうにダウンしている。
彼女の小さなお団子頭を撫でながら、私は皆の思い出話に耳を傾けていた。
「ほんと、あの時はどうなるかと思ったぜ…」
お酒で顔を真っ赤にしたデリクさんが、ジョッキをドンとテーブルに置いて息を吐く。
話題の中心は、私がこの世界に来る少し前――コータさんたちがヴォルカニアに潜入した、『アルテアさん奪還作戦』の時の話になっていた。
「あの人、本当に強かったよね…」
「あの人って、誰ですか?」
私がエレーナさんに尋ねると、彼女は当時の恐ろしい光景を思い出したのか、少しだけ身震いをした。
「軍服を着た、灰色の髪の人です。デリクったら、その人に全身を撃たれてボロボロのハチの巣にされちゃって…」
「お、おい!そこは伏せて話せよエレーナ!」
慌ててエレーナさんの口を塞ごうとするデリクさん。
軍服で灰色の髪、そして銃…。
「それって、アッシュさんじゃ…!」
「そう、アッシュさんだよ。イグナートの部屋の目前で彼に足止めされちゃってね…」
双方を知るコータさんが、苦笑いしながら肯定した。
「へぇ…」
「なんだニーナ、知り合いなのか?」
「あ、はい。私がヴォルカニアにいた時、とても良くして頂いて…」
「…ああ、そうかよ」
デリクさんは『ボロボロにされたこと』を思い出してバツが悪くなったのか、ぶすっとした顔でそっぽを向いてしまった。
「もう…。ごめんなさいね、ニーナさん。デリクったら子供みたいで」
「いえいえ!そっか、アッシュさんと…」
アッシュさんは今頃、イグナートさんの代理としてまだセレスティアに残っているのだろうか。
「もう、食べられないアルゥ…」
膝の上のシャオさんが幸せそうな寝言を漏らす。そのかわいらしい顔をぼんやりと眺めていると…私は一つの事実に思い当たった。
「あ、コータさんは、太陽事件の前にイグナートさんとも面識があったってことだよね」 「うん…正直、あんまり思い出したくないけどね。アッシュさんの相手をデリクさんにお願いして、サイラスさんと僕の二人でイグナートに挑んだんだけど、手も足も出ずにボコボコにされちゃって……。最後はアルテアに助けられたんだ。ね、アルテア」
コータさんは苦々しい顔をして語った。
あの、見つめられただけで足がすくんでしまうような強烈な威圧感を持つイグナートさんを前に、コータさんは戦ったんだ……。本当にすごいな。
「はい、コータさん。最後にお見舞いしたのは、私の光でしたわね」
隣を見ると、お嬢様モードのアルテアさんが、食後のデザートのケーキを頬張っていた。
…シリアスな話をしているのに、強烈なお嬢様口調のせいで違和感がすごい。頭に入ってこないよ。
「あ、もしかして…」
私はあることに気がついた。
「イグナートさんの左頬にあった大きな火傷の痕って…」
「そう、あの時のものだよ。僕も意識が朦朧としていて曖昧だけど…」
あの威圧的な傷痕は、アルテアさんの放った魔法の痕だったんだ…。
「アルテアちゃんが皆を連れて帰ってきたとき、本当に全員ボロボロだったから…生きて帰ってきてくれて、心底安心したわ」
グラスに残ったワインを傾けながら、クローディアさんが懐かしい思い出を慈しむように優しく微笑んだ。
そっか…みんな、当たり前だけど、色々あったんだな。
傷つきながら、戦って、今があるんだ。
イグナートさんも、やりかたは間違っていたかもしれないけど、平和な世界を作ろうとしていた。
「誰も傷つかない、争いがない世界にできたらいいな――」
私が自分の決意を小さく独り言ちた、その瞬間。
「もう…!蟷螂拳は、食べるものじゃナイネェーッ!」
シャオさんの特大ボリュームの寝言が店内に響き渡り、私のしんみりとした決意は見事にかき消されてしまった。
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