第85話:おかえりと涙の温度
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魔導商都セレスティア。ギルド本部の研究室。
サイラスさんの作業音だけが響く静かな部屋。
カチャカチャと言う音が落ち着き、サイラスさんがピンセットのような細い工具を置いた。
「…これで、できましたよ」
サイラスさんが、私たちが遺跡から持ち帰ってきたパーツを、ジリウスさんの胸部へと埋め込み終えたんだ。
「さあ、お待ちかねの再起動です…!」
血走った目で両手を広げ、歓喜の声を上げるサイラスさん。
…なんだか、一番うれしそうなのはサイラスさんなんじゃないかな…。
「いきますよ、ニーナさん」
「はい、お願いします」
私が祈るように両手を組んで頷くと、コータさんが少しだけ身構えて言った。
「アルテア。一応、何かあった時のために迎撃の準備を…」
「了解、コータ」
『太陽事件』の原因たる彼を警戒する、コータさんの判断は正しい。
でも、私の胸の中にあったのは、純粋な期待だけだった。
サイラスさんはジリウスさんの胸のハッチをぱたんと閉めると、彼のうなじへと手を伸ばす。
カチリ…と、 静かな研究室に、小さな起動音が響いた。
その瞬間、眠っていたジリウスさんの無機質な目がチカチカと明滅し始めた。
『システム再起動中……10%……40%……70%……100%』
ジリウスさんの腕が、ぴくりと動いた。
『チェックプロセス…オールグリーン』
滑らかな動作で、彼の上体がゆっくりと起き上がる。
「おはようございます、ジリウスさん。私はサイラスと申します。以後、お見知りおきを」
「おはようございます、サイラス」
サイラスさんの方を向いて、彼は淀みなく挨拶を交わす。
…ちゃんと、以前私が教えた『挨拶』を実践してくれている。
そして、彼はゆっくりと私の方へと首を向けた。再度「おはようございます」と挨拶をしようと開かれた彼の口を遮るように、私は気がつけばジリウスさんの体に抱きついていた。
「不用意な接触を確認。排除の必要性は無いと判断。ニーナ?」
戸惑うような声が降ってくる。
「おかえりなさい…、ジリウスさん…」
「ただいま?」
彼の身体は機械のように冷たくて、生命としての温かさは無かった。
でも、その冷たい身体を抱きしめた瞬間、ずっと我慢していた感情が堰を切ったように溢れ出した。
彼と、一生会話できないかと思った。
彼を守ってあげられなかった。
彼を『兵器』として利用させてしまった。
無事に帰ってきてくれた嬉しさと、申し訳なさが綯交ぜになって、私の心を深く突き刺したんだ。
「涙、反射性分泌にしては塩分濃度は低い。感情性分泌でしょうか、ニーナ?」
その分析めいた物言いが、どこまでも彼らしくて。
私はもう、皆の前だとかそんなこと関係なく、大声で泣きじゃくってしまった。
「うぅ…うぅう、わーんっ!」
「…よかったね、ニーナさん」
背後から、コータさんが安堵したような、優しい声色をかけてくれる。
「感情性分泌。コータ、こっちにこい」
「えっ、なんだよアルテ……ちょっと!もごごっ!?」
不意に、背後でドタバタと不思議な物音がした。
振り返ると、なぜかアルテアさんがコータさんを力強く抱きしめていた。
「ちょっ、アルテア、なんだよこれ!苦し…ッ!」
「わ、わわ、アルテアさん、コータさんが潰れちゃうよ!」
「感情性分泌を確認できない。脳への血流が低下している、コータ」
アルテアさんの人間離れした力で抱きしめられ、コータさんは力なくがっくりと首を垂れていた。
「執行端末の人間的感情の模倣と研究…大変興味深い……!」
サイラスさんが興奮気味にメモを取る横で、ジリウスさんがぽつりと呟いた。
彼の存在意義は、ただ戦って壊すことだけじゃない。こうやって、私たちから少しずつ『心』というものを理解しようとしてくれているのだから。
私は涙を拭うと、もう一度ジリウスさんに向けて心からの笑顔を向けた。
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