第62話:慈悲なき太陽と拮抗する声
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どうしよう、どうしよう、どうしよう。
視界を覆い尽くす、圧倒的な黄金の輝き。
頭上に現れた『第二の太陽』は、慈悲もなく海を焼き、空を焦がし、僕らの生存圏そのものを蹂躙しようとしていた。
このままだと、大勢が死んでしまう。
止めなければ。
なんとかして、この狂った状況を打破しなければ。
どうしたらいい、僕に何ができる……?
「コータ、焦燥、心拍数の急上昇を確認。確か、クローディアは―」
不意に、視界が銀色の髪に覆われた。
アルテアが、僕の身体を正面から静かに包み込む。
心音も、体温もない。けれど、そのひんやりとした無機質な感触が、不思議なほどに僕の逆立った神経を鎮めていく。
冷たくて、とても、心が落ち着く。
「コータの心拍数、安定」
「……ありがとう、アルテア。助かったよ」
そうだ。焦っても何も始まらない。
最善策。
望みが一縷でもあるなら、その一点に、僕の持てる全てを賭ける。
「アルテア。……僕自身の意志で反重力を操ることはできる?」
「可能だ。権限、移譲」
ガク、と身体の力が抜けたかと思うと、脳内に奇妙な「感覚」が流れ込んできた。
空なんて一度も飛んだことがないはずなのに、指一本動かすように、風の流れが、空間の歪みが理解できる。
背中に翼が生えたような、万能感。
「アルテアは、あの太陽を相殺することだけを考えて。…出力、100%で。僕の合図で、飛び出して」
「了解、コータ」
「ハッ!世界の大半が燃え尽きてしまうぞ、コータ君!!
さあ、さあ!!最期の審判を、しかと見届けるがいい!!」
イグナートの狂気じみた歓喜が、赤熱した空気を震わせる。
ジリジリと『太陽』はその規模を増し、臨界を迎えようとしていた。
「アルテアッ!!」
「相殺」
僕の指示と共に解き放たれたアルテアは銀光となって、黄金の太陽へと真っ直ぐに突き進んでいった。
彼女が触れた部分から、黄金の破壊エネルギーが、キラキラとした宝石のような結晶へと姿を変えていく。
熱力学の法則を強引に書き換える、神の演算。
だが、ジリウスの出力もまた絶大だ。
分解した傍から、太陽は新たな質量を伴って再生を繰り返す。
天を二分する、極彩色の拮抗。
――今だ!!
僕は自分の意志で、空を蹴った。 真っ直ぐに、イグナートと新見さんのもとへ。
「ほう…!執行端末と離れて、死にに来たか!!」
僕は腰から魔導銃を抜き放ち、引き金を引く。
パァン、パァン、と乾いた音が二度。
放たれた光弾は、ジリウスの防御壁に触れ、明後日の方向へと捻じ曲げられた。
「…無駄だよ」
知っている。そっちは、ただの『ブラフ』だ!!
「新見さんッ!!」
僕は一直線に新見さんの身体を、その細い肩を力一杯に掴んで、揺さぶった。
イグナートの鼻先。死の領域の真っ只中。
「新見さん…!! 新見さん、帰ってきて!!お願いだ、新見さん!!」
「ニーナさん。…排除したまえ」
「…ぁ………ジリ、ウス……」
新見さんの声帯が、強制的に鳴動させられる。
ジリウスがその無機質な視線をこちらに向けた。
死の気配が背筋を凍らせる。 だが。
「1号、散漫だ。…私の相手が務まるのか」
ドゴォォォォォンッ!!
アルテアの声と共に、銀色の出力が跳ね上がった。
宝石化の波が、太陽の再生速度を僅かに上回る。
アルテアが、ジリウスの意識を、リソースを、強引に「空の上」へと釘付けにしたんだ。
ありがとう、アルテア。…これなら、僕でも食い下がれる!!
「新見さん……!! あの……あの地獄のダブルシフト、しんどかったよね……!!」
僕は、彼女の魂の奥底へ、エテリスではない記憶を叩き込んだ。
「…雪が降っていて、寒くて。…くじ引きの客が押し寄せて、もう全部投げ出したいって、二人で……」
「……くっ…………あ、ああ……」
新見さんが、自分の頭を押さえて悶える。
命令と、僕の語る『記憶』が、激しく摩擦を起こしているのだろうか。
「…目障りだ、コータ君。……君から先に退場してもらおうか」
イグナートが、冷徹な目で僕に魔導銃を向けた。
指が引き金にかかった、その刹那。
「『光』」
不意に、頭上のアルテアから放たれた光線。
それはイグナートの銃の銃身を、的確に撃ち抜いた。
「…くっ、よく見えていることだ。…だが、アルテアさんも余裕はないようだね?」
イグナートの言う通りだった。
僕を助けるために意識を地上へ逸らした瞬間、黄金の火炎が再び宝石の層を侵食し始める。
アルテアも、ジリウスも。互いに一歩も引けない領域で、極限のせめぎ合いを続けている。
「冬の、駐車場のコーヒー。……あれ、すっごく美味しかったよね……」
バイト終わり、朝の8時。
二人で震えながら飲んだ、あのブラックコーヒーの苦味。
あの日、僕らはただの大学生で、ただのバイト仲間で…。
でも。世界で一番、お互いのことを信頼していたはずだ。
「新見さんも、同じように感じてくれていたなら…!…思い出して、新見さん!!」
「……あ、ああ……こうさ、か、さん……」
新見さんの口から、掠れた声が漏れた。
かつての僕を呼ぶ、震える声。
「新見さん…!!」
「チッ。…ジリウス君、早く仕留めたまえ!! ぐずぐずするな!!」
イグナートが、初めてその端正な顔に『苛立ち』を浮かべた。
絶対的な支配が、優位が、泥臭い人間の記憶によって、今、静かにヒビ割れようとしていた。
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