第59話:地平を灼く、黄金の審判
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アクアス遺跡より南。
どこまでも続く紺碧の水平線、湿った海風が僕の頬を撫でるけれど、その風すら、次第に熱を帯びてきているのを感じる。
「さあ、ニーナさん。…出し惜しみは無しだ。もっと仕掛けようか!」
イグナートの不敵な号令が空に響く。
その隣で、人形のように虚ろな表情の新見さんが、唇を細く動かした。
「ジリウス。出力10%。抹消」
「了解、ニーナ」
ジリウスが、その右手を無造作に振り下ろした。
光も、音もない。
けれど、次の瞬間。僕らが飛んでいた直下の海面が、直径数十メートルの完璧な円状に「消失」した。
断面から海水が滝のように流れ込む音が遅れて聞こえてくる。 あれは、アルテアの消去と同じ、対象を無に帰す力だ。
「アルテ……」
「コータ、速度を上げるぞ」
アルテアが言い切るより先に、僕の視界が歪んだ。 反重力による急加速。
本来なら気絶するほどのGが僕を襲うはずだけど、彼女が展開するフィールドが、物理法則から僕を強引に切り離して保護している。
水面ギリギリを滑空する僕らのすぐ後ろで、不可視の力が次々と海を削り取っていく。
触れれば終わりだ。
僕もアルテアも、一瞬でこの世から消されるだろう。
「ふははは!素晴らしい、素晴らしいよジリウス君!!神の遺物とは、これほどまでに強大で美しいものだったか!」
イグナートの高笑いが空に溶ける。
予備動作すら一切ない、神速の遠距離攻撃。
それを超知覚で感知し、紙一重で回避し続けるアルテア。
なんだよ、これ……。
こんなものが街を襲ったら、誰も逃げる暇なんてないじゃないか。
「アルテア…何か、突破口はないかな」
「対象は我々を完全に消滅させるつもりで動いている。
対して、我々は人命を優先し、抑制して対処している。
スペックが同等である以上、このままではこちらが数分以内に、計算上の敗北を喫する」
アルテアの言うことは、至極真っ当な正論だった。
けれど…そこを違えてしまったら、僕はイグナートと同じ側に落ちることになる。
それだけは、絶対にダメだ。
「しかし、コータの思考は理解している。人命を最優先しつつ、最善を模索する」
彼女も、僕と一緒に過ごすうちに「心」を少しずつ学んできてくれている。
今の彼女なら、ただの機械的な判断じゃない、僕が信じる最善を選んでくれるはずだ。
「おしゃべりもここまでだよ、コータ君。…ニーナさん、もう少し出力を上げよう」
イグナートが新見さんの肩に手を置く。
「ジリウス、出力50%」
「了解、ニーナ」
まずい。
今までの数倍の魔力の奔流が、ジリウスを中心に渦を巻き始めた。
「光芒」
空が青白く発光した――と思った直後。
天から降り注いだのは、数えきれないほどの青白いレーザーの雨だった。
アルテアが空中を踊るように回避するけど、水面に叩きつけられたレーザーは、海を白く激しく発光させ、猛烈な破壊を撒き散らしていく。
「コータ、爆発が来るぞ」
海に突き刺さった光線が、一瞬で数万トンの海水を蒸発させた。
それは海の中に閉じ込められた塊のように膨れ上がり――。
ドォォォォォォォォォォンッ!!!
海そのものが爆発した。
巨大な白い水蒸気の柱が立ち昇り、強烈な衝撃波が僕らを襲う。
攻撃の規模が、もう個人の戦闘の枠を完全に超えている。
「コータ、攻撃の指示を」
「…わかった!出力50%…ただし、人命、最優先!!」
今まで1%にも満たない出力で事足りていたんだ。
50%なんて、指示したことすらない。
それでも、今のアルテアなら……今の彼女なら、信じられる。
「了解、コータ。障壁…及び原刃を展開」
アルテアの左手にシールドが、そして右手に…何も持っていないように見える。
彼女はそのまま高速でジリウスへと肉薄し、見えない刃を叩きつける。
ギィィィィィィィンンンッ!!
世界が悲鳴を上げるような、甲高い金属音が響き渡る。
アルテアの振るう刃の軌道が、光の残像となって空に刻まれる。
「偏向」
ジリウスが防御に入る。
だが、アルテアの刃は、その防御空間そのものを切り裂いていく。
「崩壊」
ジリウスのカウンター。
アルテアの左手のバリアが、触れた瞬間からサラサラと砂に変わっていく。
けれど、彼女はそれを上回る速度で演算し、障壁を『再生』させ、防ぎきっている。
その間も、右手の刃は休まることを知らない。
猛烈な光と、音。
そして衝撃波。
人知を超えた、まさに神の接近戦。
「ほう…!白兵戦もお手の物か。その技術、ぜひとも我が軍に提供頂きたいものだね!」
凄惨な光景を目の当たりにしても、イグナートは眉一つ動かさない。
ただ、その瞳には獲物を見つけた狩人のような悦びだけが宿っていた。
「ニーナさん、一度距離を取るんだ」
「ジリウス、離れて」
「了解、ニーナ」
銀色の閃光が、一瞬で数十メートル後退する。
僕は、彼女らを追おうとするアルテアを静止させた。
「待ってアルテア!…新見さん!!」
僕は、全身全霊で叫んだ。
「新見さん!もう、こんな無駄な戦いはやめよう!!
新見さん、ねぇ!僕だよ、香坂康太だ!!
お願いだ…目を覚ましてくれッ!!」
僕の呼びかけに、それまで虚ろだった新見さんの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「………ぐっ…」
「おっと…少々、調整が不完全だったかな。ニーナさん、すまないね」
イグナートが、手元の機械を操作した。
「……がっ……あ、あああああああぁぁぁあッ!!!」
新見さんが、自分の頭を抱えて、絶叫した。
海の上に響き渡る、魂を削り取られるような悲鳴。
「新見さん!クソッ、イグナート、もうやめるんだ!!」
「やめる?ははっ!ここまできて、何をやめろと言うのかね。
我が理想郷の実現は目前なのだ!!
理想の前には、些細な犠牲は付き物だ。
…ニーナさん、最大出力をこの世界に届けよう」
新見さんは、涙を流しながら、けれど口からはイグナートに上書きされた言葉が溢れ出していた。
「…………了解。ジリウス。……出力…………100…%」
「了解、ニーナ」
「やめろ!!やめてくれ!」
僕の声は、もう届かなかった。
「太陽」
ジリウスが低く、呟いた。
途端。
空が、夜明けのような黄金色に染まり始めた。
体感温度が跳ね上がり、危険な領域へと突入する。
見上げれば、そこには――。
本物の太陽と見まごうような…巨大な『黄金の球体』が出現しようとしていた。
「コータ、出力の臨界を確認。我々は生存できても、大陸の半分は確実に消滅する」
アルテアの絶望的な宣告が、異常に熱を持ち始めた大気の中に消えていった。
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