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箱庭少女のロジック 〜かつて世界を滅ぼした最強のオートマタは僕の指示しか聞かないらしい〜  作者: 邑沢 迅
大陽編

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第56話:届かぬ呼声は、深淵の瞳に消える

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 レガリスとイグニスの国境付近。

 僕とアルテアは高高度を凄まじい速度で飛行していた。


 今回の任務には監視鳥バードも付いてきてるんだけど…。

 よくよく見てみると、なんだか、他の人の監視鳥バードに比べて、丸っこくて不細工な気がする…。 


「痛い!痛いって、毎回首を狙うのはやめて!ごめん、嘘だよ、謝るから…痛い!」


 そんなことを心の中で思った瞬間、的確に首を狙って啄んできた。

 さっきまでアルテアの頭の上でちょこんと座っていたのに。

 モチモチした見た目とは裏腹に、攻撃的なんだよね…この監視鳥バード


 監視鳥バードとの格闘が一段落すると、アルテアがぽつりと話し始めた。


「コータ。リブロ遺跡でのクラウドサーバとの同期により、内部メモリに新たな古代魔法アルゴリズムをインストールした」


「痛っ…あ、うん。…どういうこと?」

「我々、執行端末は、本来『破壊』に特化した存在だ」

消去バニッシュとか、レイだよね」

「肯定。だが、今回のアクセスにより、人類の肉力構造に対する干渉プロセスが解放されたようだ。『高効率治癒』のアルゴリズム。このような機能は本来の仕様には存在しない」


 アルテアの瞳に、ほんの一瞬だけ戸惑いのような色が浮かんだ、気がした。


「治癒。怪我とかを治せるようになったってことか。…すごいじゃん、アルテア!」

「欠損部位の修復も可能だ。

 ただし、一度生命活動を停止した個体を呼び戻すことは不可能だ。

 それは『神の理』に反する」


「神の理…」


 アルテアたちを造った「神様」のプログラム。

 破壊のためだけに造られた存在に、なぜ今になって、命を癒やす力が与えられたんだろう。


「私もこの件について解析を継続しているが、有効な解は得られていない。

 私が、救済の術を持つことの論理性について」


 執行端末1号…ジリウス。

 僕らが戦う相手は、命をどうこうする次元を越えた、存在そのものを消し飛ばす化け物なんだから、あんまり使う機会はないと思うけど…。


 いずれにせよ、治癒なんて使わずに済むのが一番に決まってる。


「そっか…この件が終わったらまた、遺跡を巡ろう。そしたら、何か分かるかもしれないしね」 


 そう言った瞬間、急に速度が落ちた。


「アルテア…?」


「前方、約100キロメートル先に、三つの反応を検知。

 高出力の反応、『ジリウス』だ。そして、人間と思われる個体が二つ」


 一つは監視端末…あと一つは…。


「イグナート…」


 今でも思い出す。

 相対した時の、あの狂喜を帯びた顔。


「…向こうも、僕らに気づいてる?」


「こちらへ高速で接近中。…接触まで、推定300秒」


 僕は、空色の視界を睨みつけた。

 視認はできないけど…遂に、対峙するのか…。



 遠くに、三つの小さな人影のようなものが見える。

 青い空に、不気味なほどはっきりと浮かび上がる銀色の光。


「コータ、会敵する」

「…うん。監視鳥バード、ギルドに会敵したこと、それと座標を報告してくれるかな」


 僕が肩の上のバードにそう告げると、丸っこい鳥はこくりと頷いた。

 そのまま反転して、全速力で反対方向へと飛んでいく。

 あいつ、結構早いんだな…って今はそんなことに驚いている暇はない。


 近づくにつれ、その影は瞬く間に巨大化していく。


「アルテア、攻撃はまだ待って。…まずは、防御を最優先に」

「了解、コータ」


 アルテアの横顔を見ながら、僕は迫りくる相手の姿を網膜に焼き付けようとした。

 次第に、それがはっきりとした「人間」として視認できる距離になる。


 僕は、その姿を見て、あの日を思い出した。


「やあ、久しぶりだね、コータ君。……元気にしていたかな」


「っ……イグナート…」


 不敵な笑みを浮かべて空中に悠然と佇むイグナート。

 その後ろには、アルテアと対になるような銀髪の美青年…ジリウス。


 そして――。

 イグナートと同じ、ヴォルカニアの威圧的な軍服を身にまとった…少女がいた。


「ニーナさん、攻撃はまだ待ってくれ。コータ君と、少しばかり積もるお話をしたいのでね」


「ジリウス、待機」

「了解、ニーナ」


 ニーナ、と呼ばれたその女の子の声を聞いた瞬間、僕の全身の血が逆流するような感覚に陥った。

 銀髪の青年に寄り添うように浮いている彼女は、僕の方を見てはいるけれど…その瞳には光がなく、焦点が全く合っていない。

 けれど、その容姿。その声の響き。

 

 …知っている。僕は彼女を知っている。


「新見さん…!?」


 僕が叫ぶと、イグナートが「ほう…?」と面白そうに眉を上げた。


「お知り合いかね…?

 だが残念ながら、彼女は今ちょっとばかり『集中』していてね。

 …感動の再会、とはいかないかもしれないな」


 集中…?

 新見さんは明らかに、正気ではない。


「イグナート…お前ッ!!彼女に、何をしたんだ!!」

「なんと、怖い顔をして…どうしたんだね。私はニーナさんに、世界の平和のために協力を仰いだだけだよ」


「新見さん!!僕だよ、香坂康太!」


 名前を呼べば、一瞬でも正気に戻ってくれるんじゃないか。

 そう期待して叫び続けたけど、彼女は微動だにせず、虚空を見つめたままだった。


 聞こえていないのか。

 …それとも、応えることすら許されないのか。


「私はね、コータ君。もう一度、君たちに協力を仰げないかなと思って来たんだ」


 イグナートはまるで、ランチにでも誘っているような気軽さで語りかけてくる。


「協力…?」

「そうとも、アルテアさんとジリウス君。そして監視端末である君たち二人が揃えば、この世界は我らの思うがままだ。…不毛な国境も、無為な争いも、全てを無くせる。…そうだろう?」


「皆を弾圧することしか考えていない奴が…『平和』なんて語るな!お前に協力なんてしない!」


 圧倒的武力の上に成り立つ平和なんて…。

 そんなものは偽りだ。

 

「残念だよ。交渉は決裂のようだね。ニーナさん」


イグナートの指示に、新見さんの口が、機械的に動いた。


「目標、監視端末、および執行端末。…崩壊セパレートを実行」

「了解、ニーナ」


 ジリウスの掌に、光が収束する。


「アルテア、防御しながら距離を取ろう!!…地上に被害が出る、海上に出るんだ!!」

「了解、コータ。――障壁プリベント


 アルテアの防御魔法。

 今まで、彼女が「何かから身を守らなければならない」ような状況なんて、一度もなかった。

 その彼女が、初めて明確な『盾』を張った。

 …その意味を考えるだけで、奥歯がガタガタと鳴りそうになる。


 音もなく、ジリウスの手から放たれた白い奔流が、空間を削り取りながら殺到した。


 それが触れた瞬間――。

 アルテアの障壁が、まるで乾いた砂のようにサラサラと崩れ去った。


「…えっ!?」


「事象崩壊。修復に演算リソースを再分配」


 崩される先から、アルテアがバリアを再構築する。

 だが、ジリウスの放つ「崩壊」は、アルテアの防御さえも「物質」として強制的に解体し、無に還していく。

 

 もしあれが僕の身体に直撃したら、ひとたまりもない。


 そうしているうちに、僕らはようやく陸地を離れ、広大な海上へと出た。


「防いでばかりでは、らちが明かないよ。コータ君」


 イグナートの嘲笑う声。 その通りだ。

 …アルテアとジリウスは、共に出自を同じくする「神の遺物」。

 性能も、出力も、完全に互角。


 イグナートが、新見さんに指示を出し、新見さんがジリウスを操る。

 なら、イグナートだけでも戦闘不能にできれば……。


「アルテア!…イグナートだけ、狙えるかな。…気絶させて止めるだけでいい、お願い!」

「了解、コータ。対象、イグナート――レイ


 アルテアは空中で身を翻すと、指先から一条の光を放った。

 その光線は、空中で数えきれないほどに枝分かれし、複雑な軌道を描いて、ジリウスの背後にいるイグナートへと襲いかかる。


偏向ディフレクト


 着弾する刹那、アルテアの光線は空間そのものが捻じ曲がったように、ぐにゃりと奇妙なカーブを描き、明後日の方向へと飛散していった。


「こんなものかね、コータ君」


「コータ、出力は完全に拮抗している」


 分かってる。…アルテアの言う通りだ。

 けれど、僕は新見さんを助けたい。

 できればイグナートも、命は奪いたくない。


 何か、突破口は…この「神の機械」同士の均衡を崩す、何か案を…!


 僕は、必死に頭を回転させながら、吹き荒れる空の戦場を睨みつけた。

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