第54話:衝撃は、奈落の底より深く
※この小説の続きをスムーズにお楽しみいただけるよう、【ブックマークに追加】を押して設定を保存してください。
サロン『鋼鉄の薔薇』、バルコニー。
眼下に広がるヴォルカニアを見下ろしながら、イグナートさんが立っていた。
風で彼女の上着が翼のように翻っている。
「やあ、ニーナさん。お楽しみの所、悪かったね」
「いえ…。で、話というのは…?」
やはり、何度対面しても慣れない。
彼女から放たれる、物理的な質量さえ感じさせるような威圧感。
オーラなんて言葉じゃ足りないくらいの、有無を言わさぬ王者の空気。
「こちらの世界での生活は、どうかな」
不意に投げかけられたのは、意外にも世間話のような問いだった。
「えっと…。お陰様で、すごく充実しています。
アッシュさんやエンバーさん、ヘイズさんも…みんな、私にすごく優しくしてくれて。
正直、本当に助かっています」
最初は怖かったけれど、今はここでの生活を「居場所」だと感じ始めている。
私の言葉に、彼女は「そうか。それは良かった」と柔らかく返してくれたけれど。
…その目は一切、笑っていなかった。
「あの…。呼んでいただいている身で恐縮ですが、一つ、質問してもいいですか」
先ほどの演説で耳にした、不穏なキーワード。
「なんだい?」
「さっき…『レガリスの2号』というお話があったと思うんですが。
…ジリウスさん以外の執行端末が、他にもいるんですか?」
私の問いに、彼女は「あぁ、それか」という風に、どこか楽しげに表情を歪めた。
「そうだよ。ジリウス君以外にも、執行端末は現世に起動している。
…執行端末2号。通称、『アルテア』さんだね」
「アルテア…」
その名前が、胸の奥をチクリと突いた。
…ということは。
私の表情から何かを察したのか、イグナートさんはニヤリと唇を吊り上げ、右手で左頬の火傷の痕をゆっくりとなぞりながら、告げた。
「あぁ、そう。
ニーナさんと同じ管理端末…『コータ』君も、同時に転移している。
彼は今、隣国レガリスの庇護下にある。
正確には国際魔法監視連盟の所属だが。
…彼には楽しませてもらったよ……」
日本人?…コータ。
聞いたことがあるような気がする。
口ぶりからすると…イグナートさんは会ったことがあるのかな。
でも、同じ境遇の人が、この世界のどこかにいる。
…会ってみたい。
「そう、ですか…」
「さて…、本題に入ろうか」
イグナートさんの放つ空気が、一段階重くなる。
それに呼応するように夜風が止まり、温度が下がる。
「単刀直入に言おう。
ニーナさん、君には是非、我がイグニスの…。
いや、新世界の『神』になってもらいたくてね」
「神?…話が見えません…」
「我々は、この世界に宣戦布告する」
世界に、宣戦布告。
それはつまり…大勢の人が死に、街が焼かれる「戦争」そのもの。
「是非、協力賜りたいのだが」
「戦争…。
軍という場所に籍を置かせて頂いている以上、その可能性は考えていたつもりです。
…でも、理由を、聞いてもいいですか…?」
彼女なりの、何か抗えない「正義」あるいは「理由」があるのだろうか。
イグナートさんは遠くを見つめ、静かに語り始めた。
「ふむ…そうだな。…世界は、管理されなければならないのだよ」
「管理……?」
「各国がそれぞれの稚拙な正義を振りかざし、それによって争いが起き、終わらない。
…統一による治安維持。それこそが、世界平和への一番の近道だろう?」
「それは…」
「私がその役目を担おうというのだ。
神の遺物による、圧倒的な支配と、武力。
それによってのみ、恒久的な平和は成し遂げられる。
我がイグニスが世界を統一すれば、さらに交易は盛んになり、エテリスはさらなる繁栄を遂げるだろう」
あまりに合理的で、あまりに冷酷な言葉。
私は震える唇を噛み締め、絞り出すように言葉を返した。
「それは…間違っています」
「間違っている?…何がだね」
「戦争して、殺しあうのは間違っています!それは同じ意見です。
でも、それを武力で、力ずくで成し遂げるなんて、絶対に間違ってます!」
「ほう…。ではニーナさんなら、どう解決するというのかね。
ぜひ、聞かせてもらいたい」
イグナートさんは一歩、私ににじり寄った。
「恨みの蓄積が問題か?
……なら、草木一本残らないほどに完膚なきまでに制圧すればいい。
権力の腐敗が問題か?
……私の思想の下では、そんなものは許されない。
多様性の喪失を恐れているのか?
……そんなものがあるから、争いが生まれるのだよ。
倫理的に間違っていると?
……完全なる理想郷の実現に、些細な犠牲はつきものだ。
ニーナさんと、ジリウス君がいれば、それが成し遂げられるのだ」
「………」
答えに詰まる私。
学校で習った…マキャベリズム的思想。
…解決策なんて、分からない。
日本は平和だった。
でも、ニュースをつければ他国の戦争や、虐待、事件、貧困のニュース。
原因は、宗教?侵略?因縁?
そのどれもを解決する魔法なんて、私は持ってない。
…でも、だからといって、力で黙らせるのは、絶対に間違っている!
「問題は、誰が、いつ、どうやって成し遂げるか、だ。
誰が?
……私が!
いつ?
……今だ!
どうやって?
……神の遺物、即ち君たちを用いて!!
私が、この、クソッタレな世界を、作り変えるッ!!」
「……っ!!」
間違っている。
暴力による平和は、きっと、脆い。
…でも、私の凡庸な言葉では、彼女の鋼のような信念を傷つけることすらできない。
言い返せない自分が、悔しくて、情けなくて…。
「…沈黙は肯定と同義だよ…ニーナさん。
また会おう。……平和な世界で」
イグナートさんが冷酷な微笑みを浮かべて、右手を上げた。
バチィッ!!
「…ぁ……」
背中に、焼けるような鋭い衝撃が走った。
叫ぶ間もなかった。
視界が急激に暗転し、私は糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。
※この小説を面白いと感じていただけましたら、★★★★★の評価と【ブックマーク】で応援お願いします。




