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箱庭少女のロジック 〜かつて世界を滅ぼした最強のオートマタは僕の指示しか聞かないらしい〜  作者: 邑沢 迅
ニーナ編

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第51話:暖かな陽光が並んで

※この小説の続きをスムーズにお楽しみいただけるよう、【ブックマークに追加】を押して設定を保存してください。

「あのー…すみません……」


 扉を押し開けると、そこには軍司令部の無機質な廊下とは対照的な、独特の活気…というか、殺気立った事務作業の熱気が渦巻いていた。

 広いフロアに並ぶ無数のデスク。

 その前で、大勢の職員さんたちが、これでもかというほど積み上がった書類の山とにらめっこしている。


 私が訪れたのは、ヴォルカニア軍のあらゆる雑務を引き受ける『庶務課』だった。


「あ、はい!」


 奥のデスクから、パタパタと軽やかな足音が近づいてくる。

 数日前、ヘイズさんとショッピングに行った時に「ドレスの領収書、庶務に回しておいて。軍の経費にするから」と言われていたのを思い出して、慣れない場所まで足を運んでみたけど。


「あ…」


 私の前に立った女の子は、一瞬だけ私の顔をじっと見て怪訝そうな顔をしたけど、すぐに「あっ!」と何かに気がついたように、顔をパッと輝かせた。


「あの、管理端末の…ニーナさん、ですよね?」

「えっ…どうして私のこと…」

「軍部ではもう有名ですよ!…あ、領収書ですね。お預かりします」


 有名…。

 なんだか、悪いことをして指名手配されているような気分になってしまう。

 でも、彼女はにこっと屈託のない笑顔を向けてくれた。


「なんだか…嬉しいです。この軍司令部って、男の人たちばっかりで女性があんまりいないから」


 女性、と言われて私はとっさにイグナートさんの顔を思い出していた。

 うん、あの人は「女性」というカテゴリーじゃないな。

 正に『総司令』って感じだ。怖いし…。


「そうですよね…。あ、改めまして。ニーナです」

「私は庶務課の、ルミナです。よろしくお願いします!」


 少しオレンジがかった、ふわふわとした柔らかそうな髪。

 透き通るような色白の肌に、どこか儚げな、陰のある美人さん。

 私と同い年ぐらいかな?

 でも、この髪の色、どこかで見たことあるような……。


「ニーナさんって、総司令直属ですよね?」

「直属…。そんな感じ?だと思います」

「そうですか…。…あの…私の兄が、エンバーが…ご迷惑をお掛けしていないでしょうか?」


「いもうと……さんッ!?」


 私は思わず、目の前の可憐な少女を二度見、いや三度見してしまった。


「はい…。兄が、いつもお世話になっています……」


 オレンジ色の髪…言われてみれば確かに。

 外見のパーツが似ているだけで、性格や雰囲気は完全に正反対。

 あっちが「火炎放射器」だとしたら、こっちは「陽だまり」って感じだ。


「いえいえ!こちらこそ、エンバーさんには、お世話になってます」

「本当ですか!?よかった…」


 ルミナさんは、本当に申し訳なさそうに胸に手を当てた。

 同じ「妹」という立場として、ものすごく親近感が湧いてしまう。

 

「あれこれ兄の噂を耳にするたびに、気が気ではなくて…。ニーナさん、本当に、兄が何か失礼をしたら、遠慮なく私に言ってくださいね」

「あはは…」


「…アッシュさんやヘイズさんも、お元気ですか?」

「はい!とっても良くしてもらってますよ!」


 ルミナさんは「そうですか……ふふっ」と、安心したように目を細めた。

 そんな穏やかな女子トークをしていた、その時。


 ドスドスドス!!


「ルミナァ!!仕事してるか!どっか怪我してねェか?」


 静かなオフィスに、怒鳴り声と、どすどすと乱暴な足音が響き渡った。

 

「…噂をすれば、ですね……」


 ルミナさんが、今日一番の深いため息をついた。


「兄さん、オフィスでは静かにしてって、何度も言ってるでしょ…」

「あぁ?あぁ、悪ぃ悪ぃ!気になってよォ!」


 エンバーさんは全く意に介さず、ルミナさんのデスクの前までずんずんと突き進んできた。

 けれど、そこで私の姿に気づくと、一瞬だけ動きを止めた。


「お…誰かと思えばニーナじゃねェか。…今日は、あの浮いてる兄ちゃんは一緒じゃねェんだな」


 例の件で、イグナートさんに釘を刺されたんだろうか。

 私と目が合うと、少しだけバツが悪そうな、決まりの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。


「こ、こんにちは、エンバーさん」

「おう。…こいつは昔から身体が強くねェからよ。すぐ熱出して寝込んで…」

「兄さん!昔の話はいいから!もう…大丈夫だって言ってるでしょ!恥ずかしいからやめて!」


 ルミナさんが真っ赤になって兄を遮る。

 あの傍若無人なエンバーさんが、妹の剣幕に押されて「…おう、分かったよ」と、しおしおと肩を落としている。


 その光景が、あまりに微笑ましくて。

 あぁ……この人、本当に妹想いなんだな、って思ったら、なんだか可笑しくなってしまった。


「ふふっ、ふふふっ」

「…あ? 何がおかしいんだよ、ニーナ」

「いえ…すっごく、妹さん想いなんだなーって。…素敵なお兄さんですね」


 私は、思っていたことをそのまま口にした。

 するとエンバーさんは、顔を耳まで真っ赤にして、視線を泳がせた。


「…っ、うるせぇ!俺はもう行く!訓練だからなァ!」


 捨て台詞を残して、ずかずかとオフィスから退散していくエンバーさん。

 

「…すみません、ニーナさん。…あんな兄ですが、これからも、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。…ルミナさん、また、お話しましょうね!」


 私は、領収書の控えと、新しくできた『友人』という温かな実感を抱えて、庶務課を後にした。

 苛烈なエンバーさんにも人間らしいところがあるんだなぁ。

 その事実に、私の足取りは少しだけ軽くなっていた。


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