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箱庭少女のロジック 〜かつて世界を滅ぼした最強のオートマタは僕の指示しか聞かないらしい〜  作者: 邑沢 迅
ニーナ編

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第50話:推しの沼はどこまでも

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 朝、自室。


「違うよ、ジリウスさん。そこは無言じゃなくて…そう、『失礼します』って声を掛けないと」


「『失礼します』。利用シーンのデータを更新」


 この日は訓練もお休み。

 私がジリウスさんにマナー講習をしていたら――


 コン、コン。


 不意に、部屋の扉が小さくノックされた。


「はーい。…どちら様ですか?」


ガチャリと扉を開けると、そこには――。


「…おはよう、ニーナ」


 軍服に身を包んだミステリアスな女性、ヘイズさんがそこに立っていた。

 最初にお披露目されたあの日以来、ほとんど話したこともなかったけれど。


「おはようございます、ヘイズさん!…どうされたんですか?」

「おはようございます、ヘイズ」


 背後でジリウスさんも挨拶を繰り出している。

 よしよし、挨拶学習はバッチリだ。


「…街へ買い物に。総司令がニーナの服を一緒に買いに行けって」

「服?…あぁ、そういえば!」


 言われてみて気づいた。

 この世界に転移してきた時のままの、あのワンピース。

 部屋着にしてたけど、洗い替えも予備もなくて困ってたんだ。

 土地勘もないし、買いに行けるなら願ってもない。


「わかりました。…じゃあ、行きましょう!ジリウスさんも、行こう?」

「了解、ニーナ」



 私たちの宿舎は軍司令部のすぐ近く。

 つまり、この巨大な階層都市ヴォルカニアの『最上層』に位置している。

 訓練や座学で忙しくて、ゆっくり街を歩く暇なんてなかったけれど、ここ以外はどうなってるのかな。


 軍施設が密集する、鉄と油の匂いがするエリアを抜け、エレベーターで少し下層へと降りていく。


「…ここから中層。お店がたくさんある」


 ヘイズさんの言葉通り、周囲の景色がガラリと変わった。

 最上層は軍服の人たちばかりで、どこか殺伐としていたけれど、中層は私服で歩く人たちの数が増えている。

 建物の造りも、どこかレトロでおしゃれなレンガ造りや、真鍮の装飾が施されたブティックが立ち並んでいる。


 それにしても、ヘイズさん。

 歩きながら横目で見ていたけれど、本当に綺麗だ。

 ショートカットの髪が、彼女の切れ長の目とよく合っている。

 あんまりジロジロ見るのも失礼かな、と思って視線を逸らそうとしたけれど。


「…なに?」

「い、いえ!えーっと…綺麗だなーって思って、つい見惚れちゃってました……あはは」

「…そう」


 私の言葉には何の感慨もないかのように、ヘイズさんすたすたと歩いていく。

 そして、綺麗なお店の前で立ち止まった。


「…着いた」


 そこにあったのはいかにも高級そうな独立店舗のブティック。

 ショーウィンドウには、複雑な刺繍が施されたドレスや、騎士のようなタイトなスーツが飾られていた。


「いらっしゃいませ、ヘイズ様。本日はどのようなご用向きで――」

「ニーナとジリウス。二人の服を新調しろと言われている」


 店員さんは恭しく頭を下げ、それから私の後ろでふわふわと浮いている「彼」を一瞥した。

 流石の高級店の店員さんも、物理法則を無視した彼には呆気にとられたみたいで、何度も瞬きを繰り返していた。


「ニーナ様、そして、ジリウス…様……?畏まりました」

「無駄な装飾の多い衣料品。あるいは、機動性を大幅に著しく損なう拘束具を確認」

「ジリウスさんは、黙っててください…」


「この子に、ドレスを選んであげて。彼のスーツは適当に」


 ヘイズさんの一言に、私は「え?」と驚いてしまった。

 服っていうから、てっきり普段使いの動きやすい服…あの中に着るシャツとかを買いに来るものだと思ってた。


「あの…ヘイズさん。ドレスって、一体……」

「今度、司令部で、パーティーがある。帝国中の貴族や、有力者が集まるから」


 そういう大事なことは、家を出る前に言ってよ! 心の準備が全然できていない私の前に、店員さんがテキパキと何着かのドレスを並べていく。


「お待たせいたしました。…こちらはAラインの繊細なもの。…そしてこちらの、肩回りを大胆に見せるスレンダーなタイプも……」


 繊細なレース。宝石のように輝くビジュー。

 …セクシーだ。圧倒的セクシー。絶対、貧相な私には似合わない。


 あーでもない、こーでもないと、何着も試着させられる。

 ドレスなんて、小学校のピアノの発表会以来だ。鏡の中の自分があまりに自分じゃなくて、笑いが出そうになる。


「……それ。それが、いい」


 何着目だっただろう。

 ヘイズさんの「それ」という言葉が、まるで鶴の一声のように響いた。


「ニーナ、とてもよく似合っている」


 鏡に映ったのは、落ち着いたブルーグリーンを基調としたドレス。

 肩から首にかけてをすっきりと見せる『アメリカンスリーブ』というやつかな? 身体のラインを強調しすぎないけれど、柔らかなドレープが動くたびに優雅に揺れて、自分自身が一番驚いてしまうほど、大人っぽく見えた。

 それにしてもこっちの世界でアメリカンスリーブってなんていうんだろうか…。


「わぁ!素敵!…うっ…でも、とっても高そうですよ…」


「お金の心配はいらない。全額、軍の経費から落ちる」


 経費。

 …うん、その言葉、現代人の私にはすごく馴染みがある。

 業務上の必要経費なら、遠慮なく甘えさせてもらってもいいのかな。



 少しヒールのあるパンプスも購入し、持ち帰るのが大変だな…と思っていると、後日宿舎へ配送してくれるという。 流石、軍御用達の高級店。サービスが手厚い。


 ドレス選びという大仕事を終え、三人でぶらぶらと街を歩いていると――。


「あっ!…あのお店、見ていいですか!?」


 私のセンサーが激しく反応した。 路地裏にある、小さな雑貨屋さん。

 その店先には、私の大好きな「ミニチュア」や「フィギュア」が所狭しと並んでいた。

 日本にいた頃は、ガチャガチャを見つけるとコンプリートするまで回すぐらい目がないのだ。


「…興味が?」


 ヘイズさんが怪訝そうに覗き込む。


「はい!私、こういう手乗りサイズの小物を並べるのが大好きなんです!…見て、このモンスターっぽいフィギュア、精巧ですよ!」


 私が指を差したのは、樹木のような姿をしたマスコット的なフィギュア。


「それは、『トレント』。木の変化した魔物。

 自力で移動し、ツタによる打撃を得意とするが、炎に対する耐性は極めて低く、あまり強くはない」


「へ、へぇ…」


ヘイズさんの口調が、突如として二倍速になった。


「ニーナ。それは、『アイアンゴーレム』。

 …古代遺跡付近に多く生息する。核への物理的干渉が困難であり、

 通常兵器では数時間の長期戦を強いられるが、関節部の油圧機構を狙えば一定の停止時間を稼ぐことは可能で…」


「…ヘイズさん。…詳しいですね」


「私の自室にも、かなりの数が収蔵されている。

 このシリーズはイグニスの隣国『セレスティア』にある造形師集団、海原堂うなばらどうの最新作。

 圧倒的なリアリズムと、手作業による繊細な塗装が、通の間では一目置かれている」


 ヘイズさんの瞳の輝きが、さっきのドレス選びの時の10倍くらいになっていて。

 私はなんだか可笑しくて、同時にすごく、彼女のことが好きになった。


「ニーナ…好きなの?」

「はい!すっごく好きです!…このアイアンゴーレム、造形がめちゃくちゃカッコいいです!」


「認める。ニーナは、審美眼がある。…この筆の運び。…塗装ムラさえない、完璧な個体…」


 ジリウスさんは、私たちの熱すぎる「模型談議」が全く理解できないようで、頭の上に視覚的なハテナマークを飛ばしていたけれど。

 私は支給された、ほんのわずかなお給料を握りしめて、店員さんに手渡した。


「これ、下さい!!」



 帰り道。

 ヘイズさんのマシンガントークは、宿舎に着くまで衰えることを知らなかった。


「今度、私の部屋に、見に来て。ニーナになら、特別に、とっておきのコレクション……『秘密の棚』を見せる」


「本当ですか!?…是非、伺わせてください!」


 お菓子を買い食いしたり、お昼にはカフェでサンドイッチを食べたり。

 久しぶりの、女の子同士の他愛もない会話。

 …ジリウスさんもずっと一緒にいたけれど、この日ばかりは「おまけ」みたいなものだった。


「こっちの世界で、初めての友達…!」


 私は大事に抱えたアイアンゴーレムを胸に、宿舎へと帰るのだった。


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