第50話:推しの沼はどこまでも
※この小説の続きをスムーズにお楽しみいただけるよう、【ブックマークに追加】を押して設定を保存してください。
朝、自室。
「違うよ、ジリウスさん。そこは無言じゃなくて…そう、『失礼します』って声を掛けないと」
「『失礼します』。利用シーンのデータを更新」
この日は訓練もお休み。
私がジリウスさんにマナー講習をしていたら――
コン、コン。
不意に、部屋の扉が小さくノックされた。
「はーい。…どちら様ですか?」
ガチャリと扉を開けると、そこには――。
「…おはよう、ニーナ」
軍服に身を包んだミステリアスな女性、ヘイズさんがそこに立っていた。
最初にお披露目されたあの日以来、ほとんど話したこともなかったけれど。
「おはようございます、ヘイズさん!…どうされたんですか?」
「おはようございます、ヘイズ」
背後でジリウスさんも挨拶を繰り出している。
よしよし、挨拶学習はバッチリだ。
「…街へ買い物に。総司令がニーナの服を一緒に買いに行けって」
「服?…あぁ、そういえば!」
言われてみて気づいた。
この世界に転移してきた時のままの、あのワンピース。
部屋着にしてたけど、洗い替えも予備もなくて困ってたんだ。
土地勘もないし、買いに行けるなら願ってもない。
「わかりました。…じゃあ、行きましょう!ジリウスさんも、行こう?」
「了解、ニーナ」
◇
私たちの宿舎は軍司令部のすぐ近く。
つまり、この巨大な階層都市ヴォルカニアの『最上層』に位置している。
訓練や座学で忙しくて、ゆっくり街を歩く暇なんてなかったけれど、ここ以外はどうなってるのかな。
軍施設が密集する、鉄と油の匂いがするエリアを抜け、エレベーターで少し下層へと降りていく。
「…ここから中層。お店がたくさんある」
ヘイズさんの言葉通り、周囲の景色がガラリと変わった。
最上層は軍服の人たちばかりで、どこか殺伐としていたけれど、中層は私服で歩く人たちの数が増えている。
建物の造りも、どこかレトロでおしゃれなレンガ造りや、真鍮の装飾が施されたブティックが立ち並んでいる。
それにしても、ヘイズさん。
歩きながら横目で見ていたけれど、本当に綺麗だ。
ショートカットの髪が、彼女の切れ長の目とよく合っている。
あんまりジロジロ見るのも失礼かな、と思って視線を逸らそうとしたけれど。
「…なに?」
「い、いえ!えーっと…綺麗だなーって思って、つい見惚れちゃってました……あはは」
「…そう」
私の言葉には何の感慨もないかのように、ヘイズさんすたすたと歩いていく。
そして、綺麗なお店の前で立ち止まった。
「…着いた」
そこにあったのはいかにも高級そうな独立店舗のブティック。
ショーウィンドウには、複雑な刺繍が施されたドレスや、騎士のようなタイトなスーツが飾られていた。
「いらっしゃいませ、ヘイズ様。本日はどのようなご用向きで――」
「ニーナとジリウス。二人の服を新調しろと言われている」
店員さんは恭しく頭を下げ、それから私の後ろでふわふわと浮いている「彼」を一瞥した。
流石の高級店の店員さんも、物理法則を無視した彼には呆気にとられたみたいで、何度も瞬きを繰り返していた。
「ニーナ様、そして、ジリウス…様……?畏まりました」
「無駄な装飾の多い衣料品。あるいは、機動性を大幅に著しく損なう拘束具を確認」
「ジリウスさんは、黙っててください…」
「この子に、ドレスを選んであげて。彼のスーツは適当に」
ヘイズさんの一言に、私は「え?」と驚いてしまった。
服っていうから、てっきり普段使いの動きやすい服…あの中に着るシャツとかを買いに来るものだと思ってた。
「あの…ヘイズさん。ドレスって、一体……」
「今度、司令部で、パーティーがある。帝国中の貴族や、有力者が集まるから」
そういう大事なことは、家を出る前に言ってよ! 心の準備が全然できていない私の前に、店員さんがテキパキと何着かのドレスを並べていく。
「お待たせいたしました。…こちらはAラインの繊細なもの。…そしてこちらの、肩回りを大胆に見せるスレンダーなタイプも……」
繊細なレース。宝石のように輝くビジュー。
…セクシーだ。圧倒的セクシー。絶対、貧相な私には似合わない。
あーでもない、こーでもないと、何着も試着させられる。
ドレスなんて、小学校のピアノの発表会以来だ。鏡の中の自分があまりに自分じゃなくて、笑いが出そうになる。
「……それ。それが、いい」
何着目だっただろう。
ヘイズさんの「それ」という言葉が、まるで鶴の一声のように響いた。
「ニーナ、とてもよく似合っている」
鏡に映ったのは、落ち着いたブルーグリーンを基調としたドレス。
肩から首にかけてをすっきりと見せる『アメリカンスリーブ』というやつかな? 身体のラインを強調しすぎないけれど、柔らかなドレープが動くたびに優雅に揺れて、自分自身が一番驚いてしまうほど、大人っぽく見えた。
それにしてもこっちの世界でアメリカンスリーブってなんていうんだろうか…。
「わぁ!素敵!…うっ…でも、とっても高そうですよ…」
「お金の心配はいらない。全額、軍の経費から落ちる」
経費。
…うん、その言葉、現代人の私にはすごく馴染みがある。
業務上の必要経費なら、遠慮なく甘えさせてもらってもいいのかな。
◇
少しヒールのあるパンプスも購入し、持ち帰るのが大変だな…と思っていると、後日宿舎へ配送してくれるという。 流石、軍御用達の高級店。サービスが手厚い。
ドレス選びという大仕事を終え、三人でぶらぶらと街を歩いていると――。
「あっ!…あのお店、見ていいですか!?」
私のセンサーが激しく反応した。 路地裏にある、小さな雑貨屋さん。
その店先には、私の大好きな「ミニチュア」や「フィギュア」が所狭しと並んでいた。
日本にいた頃は、ガチャガチャを見つけるとコンプリートするまで回すぐらい目がないのだ。
「…興味が?」
ヘイズさんが怪訝そうに覗き込む。
「はい!私、こういう手乗りサイズの小物を並べるのが大好きなんです!…見て、このモンスターっぽいフィギュア、精巧ですよ!」
私が指を差したのは、樹木のような姿をしたマスコット的なフィギュア。
「それは、『トレント』。木の変化した魔物。
自力で移動し、ツタによる打撃を得意とするが、炎に対する耐性は極めて低く、あまり強くはない」
「へ、へぇ…」
ヘイズさんの口調が、突如として二倍速になった。
「ニーナ。それは、『アイアンゴーレム』。
…古代遺跡付近に多く生息する。核への物理的干渉が困難であり、
通常兵器では数時間の長期戦を強いられるが、関節部の油圧機構を狙えば一定の停止時間を稼ぐことは可能で…」
「…ヘイズさん。…詳しいですね」
「私の自室にも、かなりの数が収蔵されている。
このシリーズはイグニスの隣国『セレスティア』にある造形師集団、海原堂の最新作。
圧倒的なリアリズムと、手作業による繊細な塗装が、通の間では一目置かれている」
ヘイズさんの瞳の輝きが、さっきのドレス選びの時の10倍くらいになっていて。
私はなんだか可笑しくて、同時にすごく、彼女のことが好きになった。
「ニーナ…好きなの?」
「はい!すっごく好きです!…このアイアンゴーレム、造形がめちゃくちゃカッコいいです!」
「認める。ニーナは、審美眼がある。…この筆の運び。…塗装ムラさえない、完璧な個体…」
ジリウスさんは、私たちの熱すぎる「模型談議」が全く理解できないようで、頭の上に視覚的なハテナマークを飛ばしていたけれど。
私は支給された、ほんのわずかなお給料を握りしめて、店員さんに手渡した。
「これ、下さい!!」
◇
帰り道。
ヘイズさんのマシンガントークは、宿舎に着くまで衰えることを知らなかった。
「今度、私の部屋に、見に来て。ニーナになら、特別に、とっておきのコレクション……『秘密の棚』を見せる」
「本当ですか!?…是非、伺わせてください!」
お菓子を買い食いしたり、お昼にはカフェでサンドイッチを食べたり。
久しぶりの、女の子同士の他愛もない会話。
…ジリウスさんもずっと一緒にいたけれど、この日ばかりは「おまけ」みたいなものだった。
「こっちの世界で、初めての友達…!」
私は大事に抱えたアイアンゴーレムを胸に、宿舎へと帰るのだった。
※この小説を面白いと感じていただけましたら、★★★★★の評価と【ブックマーク】で応援お願いします。




