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箱庭少女のロジック 〜かつて世界を滅ぼした最強のオートマタは僕の指示しか聞かないらしい〜  作者: 邑沢 迅
奪還編

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第38話:夕日に抱かれるオーティス

 聖王国レガリス、王都オーティス。


 ヴィクトールさんの熱烈な案内で、僕らが観光に繰り出す頃には、日はすでに大きく傾いていた。

 

 昼間の眩しいまでの白さは影を潜め、今度は茜色の光が、磨き上げられた石造りの街並みを真っ赤に染め上げている。


「…見てください。この、夕焼けに抱かれた美しきオーティスの街並みを…!」


 いちいちポーズを決め、役者のように語るヴィクトールさんの振舞いにも、短時間でもう慣れてしまった自分がいる。

 それにしても、夕日に照らされた彼の横顔は、癪なくらいに絵になるのも事実だ。


「本当に、綺麗ですね」


 僕は嘘偽りない本音を口にした。

 ゼノスとは違う、静謐な空気が漂うこの街を歩いているだけで、なんだか心が洗われるような気がする。


「ヴィクトール。食事はまだか」


 …隣の食いしん坊は情緒もへったくれもない。


「ははは、アルテアさん、そんなに急かさないで」


「ゼノスからオーティスまで結構な距離があったやろ。お疲れのところすまんな」


 ナギさんが、労うように僕の肩を叩いた。

 そういえば、ナギさんは僕たちの移動手段についてはまだ詳しく知らないんだった。


「いえ、アルテアの魔法…『半重力アンチグラビティ』での飛行だったので、すぐでしたよ」


「…すぐ?いや、ゼノスからここまでは直線でも500キロ近くはあるやろ。…どないなっとんねん」


 ナギさんが訝しげにアルテアを見つめる。

 言われてみれば、あの速度で飛んでいるのに、風切り音は遮断されているし、会話も普通にできる。何より、高さもあるのに寒さを全く感じない。

 流体力学とか、ベルヌーイの定理とか……かつて現代日本でかじった物理法則は、たぶん彼女の前では無意味なんだろう。


 ルールをねじ曲げている。そういう「超常の存在」として理解しておくのが、精神衛生上よさそうかな……。


「着きました!今夜、お二人をご招待したかったのは、ここです!」


 ヴィクトールさんが誇らしげに示した先には、水平線が一望できる、いかにも高級そうなレストランが佇んでいた。


 元・しがない大学生だった僕は、日本にいた頃だってこんな場所には縁がなかった。


「ヴィクトール様、いらっしゃいませ。……お待ちしておりました」


 スマートな身のこなしの店員さんに導かれ、僕たちはテラス席へと案内された。

 目の前に広がるのは、沈みゆく夕日と、穏やかに揺れる青い海。

 周りのテーブルには、いかにも育ちの良さそうな紳士淑女たちが、優雅にディナーを楽しんでいる。


(…場違い感がすごい…緊張する…)


 おどおどしながら椅子に座る僕とは対照的に、ヴィクトールさんは流れるような所作でメニューを開いた。


「ディナーのフルコースを四人分。…それと、僕ら三人にワインを」

「かしこまりました」


 慣れた手つきで注文を済ませるヴィクトールさん。

 その華やかさに目を奪われているのは、僕だけではないようだった。

 周囲の女性客たちから、キャーッという小さな悲鳴に近い吐息が漏れている。


「みて、あの方…なんて素敵なのかしら……」

「私、胸が高鳴ってどうにかなりそう……」


「…見た目だけはええからな、あいつは。無駄に目立つねん」


 ナギさんが「はぁ…」とため息をつきながら、水平線に沈む夕日を眺めている。

 確かに、ヴィクトールさんは自慢したくなるほどこの街に馴染んでいて、そして完璧に美しい。


「食事はまだか。向こうのテーブルには配膳されているようだが」


「恥ずかしいからよそ様のテーブルをマジマジと見ないで!?待って、もうすぐ来るから!」


 ウキウキして(?)他のお客さんの料理を奪いかねないアルテアを必死に宥めていると、最初の一皿が運ばれてきた。


「まずは『マグロのタルタル』でございます。お楽しみください」


 それぞれの前に置かれた、宝石のようにキラキラとした料理。

 だが、アルテアはそれを見て、あからさまに不満げな表情を浮かべた。


「量が少ないぞ、ヴィクトール」

「ははは、これはコースの序章ですよ。…まずは食べてみてください。ここオーティスは、海の幸の鮮度が世界一なんです」


 僕も恐る恐る一口、口に運んでみた。


 ……おいしい。

 これ、どう表現すればいいんだろう。語彙力が死ぬ。

 とにかく、かつて食べたどの魚料理よりもおいしい。


 隣のアルテアを見ると、不満そうな言葉とは裏腹に、瞳の輝きが一段と強くなっていた。


「あらら、アルテアさん、一口ですか…。ふふ、満足していただけたようで何よりです」


 ヴィクトールさんの顔には、深い満足感が浮かんでいた。

 彼は本当の意味で、この街を愛しているんだな。


「……そういえば、ナギさん。気になってたんですが、その訛りって……」


「ああ、これか? これは俺の故郷の言葉なんや。極東の島国の出身でな」

「極東…。やっぱり、あるんですね、そういう場所が」


(縁側とか、瓦屋根とか、そういう文化もあるのかな)


 現代日本の面影をナギさんに重ねて聞こうとしたけれど、彼はワインを静かに傾け、水平線を見つめていた。その横顔は、ヴィクトールさんとは違う、どこか悟ったような大人の男の余裕を感じさせた。


「ヴィクトールは、このオーティス生まれのオーティス育ちのお坊ちゃんやねん」


「お坊ちゃんはやめてください、ナギ。……プライドは持っていますがね」


 二人のやり取りを見ていると、ふとした疑問が湧いてきた。


「あの…差し支えなければお聞きしたいんですが、どうして今回のリブロ遺跡の調査には、ナギさんたちも参加されることになったのでしょうか?」


 あのランドルフからも口止めされていたほどに、この遺跡調査はギルド内でも極秘。それにアルテアの実力が白日のもとに晒された今、共同作戦にする意味がいまいちピンとこない。


 僕の問いに、ヴィクトールさんが僅かに表情を引き締めたが、答えたのは、ナギさんだった。


「…それはな。俺らが、この聖王国レガリスの王、アウレリウス直属の共同体レゾナントやからや」


「ナギ…」

「隠しとってもしゃあないやろ。いずれわかることやしな」

「…王様、直属?」


 耳を疑った。

 ギルドの中にいながら、王家と直接つながっている……?

 そんな人たちが、どうして僕らと行動を共にするんだろうか。


「直属言うても、籍はちゃんとギルドにあるし、今回の件は正当な依頼やから安心してくれ。…ただな、イグニスでの『あの騒ぎ』があったやろ」


 ナギさんが、アルテアをチラリと一瞥した。


「あれで、うちの王様も相当焦っとるんや。だからギルドに圧力をかけて、俺らみたいな『身内』を調査に参加させた…ってわけや」


(…政治的な背景。レガリスも、アルテアの力を狙っているのか、あるいは警戒しているのか)


 僕は思わず、隣で無心で『北オーティス産黒トリュフのポタージュ』を啜っているアルテアを見た。

 …本人は、そんな政治的な駆け引きなど微塵も気にしていない様子だけど。


 続く『ホタテとスカンピのグリル』が運ばれてくる。

 スカンピってなんだろ……?

 …このエビの親戚みたいなやつなのかな…?

 プリプリとしていて、とても美味しい。


「古代技術の扱いは、非常に繊細です。…アルテアさんと行動を共にしているコータさんには、言うまでもないことかもしれませんが」


 ヴィクトールさんが、グラスを置いて僕を見据えた。


「…そうですね」


 その後も、牛頬肉の赤ワイン煮込み、そして花の香りがする不思議なデザート『ロジャータ』まで、料理は完璧だった。

 お腹がいっぱいなのに、デザートがスルスルと入っていく。

 これが「別腹」というやつなのかもしれない。


 食事を終え、店を出る時。

 ヴィクトールさんは会計を済ませる様子もなかった。あらかじめ王家かギルドから経費が出ているのか……。


「あの、お代は…」

「客人からお金を取るなんて、無粋な真似はしませんよ。…最高の夜を過ごして頂けたのなら、それが僕への報酬です」

「…ご、御馳走様でした。……凄く、美味しかったです」


 本当に、いくらしたんだろうか。

 ヴィクトールさんの満足げな表情を見て、僕はただ頭を下げるしかなかった。


「では、また明日。よろしくお願いします」

「おう、ほなまた明日な。気ぃつけて帰れよ」


 ナギさんとヴィクトールさんに見送られ、僕らは彼らが手配してくれたホテルへの道を歩いた。


「少し待たされたが、満足した」

「そうだね、とても美味しかったね」


 アルテアはどこか満足げに、ぽっこりと膨らんだお腹を消化し、夜の王都を歩いていく。

 

 いよいよ明日から、本格的な調査が始まる。

 レガリス王家の思惑。リブロ遺跡の謎。

 そして、まだ見ぬ新しい世界。

 

 夜空に輝く「オーティスの星々」を見上げながら、僕はそっと深呼吸をした。

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