第36話:ゼノスの夕暮れに
「アルテアさん、見てくださいこれ、かわいい!…でも、今月のお小遣いが……うーん…」
訪れたのは、女性に人気のアクセサリー店。
鏡の前であれこれとアクセサリーを合わせ、悩み、溜め息をつくカレン。
アルテアはその様子を、戦闘の邪魔になる不要物の選定であるかのように冷徹に観察していたが、ふと棚の隅に置かれた一対の青い石のイヤリングに目が止まった。
「クローディアが酷似したものを着用していた」
「クローディアさん、すっごく綺麗ですもんね…!でも、絶対にアルテアさんにも似合いますよ! ちょっと失礼……」
カレンがいそいそとイヤリングをアルテアの耳にかざす。
冷たい石の感触。不快ではない。
アルテアの演算回路は、これを「好意による接触」と分類する。
「うわぁ……! やっぱり、とっても似合う! すっごく、かわいいです!」
朗らかに笑うカレン。
彼女はしばらく満足そうにアルテアを眺めた後、名残惜しそうにイヤリングを棚へと戻した。
それから次に二人が足を止めたのは、人だかりができている広場の大道芸だった。
「さあさあ、ここに一枚の銀貨がありますよね……? これを手の甲から……うぅっ…!!」
大道芸人が力み、大げさなジェスチャーを見せる。
カランカラン。
次の瞬間、彼の右手の甲を銀貨がすり抜け、下のテーブルへと落ちる音が響いた。
わっ、と観衆から拍手と歓声が起きる。
「すごい、すごいですね! アルテアさん、見ましたか今の!?」
カレンの興奮に対し、アルテアは冷静に分析結果を述べた。
「カレン。実際に貫通しているわけではない。これは視覚的トリック…人類の心理学における『ミスディレクション』と呼ばれる手法だ」
「ミス……?」
「最初に銀貨を左手に保持した際、右手で受け取ったように見せかけただけだ。銀貨はずっと左手の掌の中にあった。おそらく、フェイクパスと呼ばれる技術だ。手のひらに力を入れて…」
「ちょ、ちょっと! お嬢ちゃん、営業妨害だよ! あっちへ行ってくれ!」
大道芸人が顔を引きつらせて抗議してくる。
カレンは顔を真っ赤にしてアルテアの手を引き、慌ててその場を駆け出した。
「わーわー! 行きましょう、アルテアさん!」
ある程度の距離まで走り去り、カレンはお腹を抱えて笑い出した。
「ふふっ、あははははっ! アルテアさんって、コータさんと全然違ってて、なんだか面白いです!」
楽しげに笑うカレン。
その時、向こうから紫煙を燻らせながら、ふらふらと歩いてくる男がいた。
「おっと…アルテアじゃねェか。横にいるお嬢ちゃんは、お前さんの新しい監視者か?」
そこにいたのは、ゼンだった。
彼もまたイグニスでの激戦の後、ゼノスで静養していたが、コータやデリクに比べ傷が浅く、昼間から飲み歩いていたらしい。
「否定。カレンだ」
カレンを一瞥し、短く返すアルテア。
「こ、こんにちは…。カレンと言います……」
年上の見知らぬ男性、しかもアウトローな雰囲気にカレンが緊張で固まる。
「俺はゼンだ。……アルテアとは、ついこないだ死線を越えた仲でねェ」
気づけば、日は西の地平線へと沈みかけ、街並みは茜色に染まっていた。
「あー、ここで立ち話もなんだ、アルテア。腹が減った。飲むだけ飲んで腹へっちまったァ。メシ行こうぜ、メシ」
アルテアの瞳が、僅かに光を強めた。
「肯定」
「よっしゃ。そっちのお嬢ちゃんもどうだい? ジェシーって姉ちゃんも呼んでる」
「ジェシー…もしかして、Aランク執行者の…ジェシカさん!?」
憧れの存在の名に、カレンの目が輝いた。
「ぜひ…! ご一緒させてください……!」
機械人形と、新人執行者、そして酒臭いベテラン監視者という妙な組み合わせの三人は、夕暮れのゼノス、食堂『剛腕の胃袋』へ繰り出した。
こうして、コータの心配を他所に、アルテアの交遊関係は広がっていくのだった。




