第35話:守るための力は確かな強さ
ゼノスギルド、二階の医務室。
窓から差し込む午後の柔らかな光が、清潔な白いシーツの上に落ちている。
そこには、ヴォルカニアでの激闘を経てなお療養を必要とするコータが、全身を包帯に巻かれた姿で静かに横たわっていた。
「……アルテア。一応、確認しておきたいんだけど」
コータが、少しだけ真剣な表情を浮かべて、傍らに立つ少女を見上げた。
銀糸の髪を揺らし、感情を排した瞳でそれに応えるアルテア。
「イグニスでの一件もあったし……もし、街で身の危険を感じるようなことがあったら、自分の身を守るために力を使ってもいい。
……ただし、人の命は脅かさないように、ね」
その言葉には、かつて「暴走を止める監視端末」として彼女を縛っていた頃にはなかった、一人の人間としての信頼が込められていた。
アルテアは胸の奥にある神性魔導演算回路を稼働させ、その「許可」を論理的に処理する。
「自己防衛の許可を確認。出力制限……0.01%以下。了解した、コータ」
「今は僕も動けないし、ギルドの依頼も受けられない。君までずっとこの狭い部屋に閉じ込めておくのは忍びないからさ。…たまには、街を自由に散策しておいでよ」
コータは少しだけ申し訳なさそうに微笑み、続けた。
「あ、でも、一応監視鳥だけは付いていかせるからね。…迷子になったら困るし」
「私は迷子にならない。ゼノスの地図データは完全に網羅している」
「そうじゃなくて、気分の問題だよ。……ほら、行ってらっしゃい」
コータに背中を押されるようにして、アルテアは静かに医務室を後にした。
◇
ゼノスの活気あるメインストリート。
アルテアの頭の上には、一羽の監視鳥がちょこんと乗り、辺りをキョロキョロと見回している。
ふわふわと揺れる銀糸の髪に足元を取られながらも、監視鳥はパチパチと瞬きをして周囲を記録していた。
アルテアは無機質な瞳で露店や行き交う人々を観察しながら、目的を持たずに街を歩く。
「……もしかして、アルテアさん、ですか?」
ふいに、横から声をかけられた。
足を止めたアルテアの視線の先には、一人の少女が、驚きと期待の混じった表情で立っていた。
「なんだ」
「やっぱり……! あの、以前コータさんと一緒に依頼をさせて頂いた、執行者のカレンといいます! その節は本当に……助けていただいて、お世話になりました!」
少女――カレンは、ペコリと深く頭を下げた。
「そうか。カレン……個体名を記憶した」
「変わってるけど、とっても強いんだって、コータさんがすっごく嬉しそうに話していたので……! 一度ちゃんとお会いしてみたかったんです!」
カレンはニコっと朗らかに笑うと、右手をスッと差し出した。
人類における、親愛を示す儀式であることを認識したアルテアもまた、自身の右手を同じように差し出す。
「これで、お友達ですね! それで、今日はどこかへ行かれるんですか?」
「コータの命令で、ゼノスを『散策』していた所だ」
アルテアの言葉に、カレンは「命令……?」と少しだけ不思議そうな顔をしたが、すぐにまた表情を明るくさせた。
ギルドには同年代の執行者が少なく、何よりコータと深い絆を持つアルテアとの交流を深めたいようだった。
アルテアが『同年代』であるかは疑問だが。
「私も今日は非番で、ちょうどお休みなんです! もしよろしければ、ご一緒してもいいですか?」
「かまわない」
こうして、純粋な人間の少女と、人造の機械少女による、奇妙なゼノス散策が始まった。




