第34話:差し込む光に輝く、銀の糸
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『……痛くない……ってことは、僕、死んじゃったのかな……』
意識の底で、僕はぼんやりとそんなことを考えていた。
イグナートにボコボコにされて痛かったのに。
今はどこにも痛みがない。
干したばかりの布団かな?いい匂いがするし、とにかくふかふかで……。
『……や……るネ……、おい、クロー………』
ん、どこからか、微かに話し声が聞こえる……?
『ケガ人にふざける……は、やめ……ネ』
『でもでもぉ……こう……たら、コータさん、きっと……でしょ?』
声は二つ。どっちも女性の声だ。片方は片言っぽいというか、特徴的な語尾をしている。
うるさいなぁ……もうちょっと、静かに寝かせて……。
それにしても、さっきから指先に触れるこれが、本当に信じられないくらいふわふわなのに……すっごく弾力があって……弾力?
(なんだこれ。布団にしては、変だ……)
『もう、コータさんったらぁ』
——えっ?
耳元で、甘くとろけるような吐息交じりの声が、はっきりと頭の中に響き渡った。
おかしい。絶対に何かがおかしい。
僕は弾かれたようにぱちっと目を開けた。
「……え」
そこにあったのは、天国の景色でも、三途の川でもなかった。
僕の目の前、文字通り顔と鼻がくっつきそうな距離に、
こちらの反応を楽しむように、目を細めるクローディアさんの顔があったのだ。
そして、僕の手は……。
「——うわあああああああああああっ!?」
「ほら、もう起きたから怪我人から離れるネ、クローディア!!」
痛ててててっ……!全身が痛い!!
クローディアさんはふふっ、と悪戯な笑みを浮かべて布団から離れていった。
「あれ、ここは…」
「ここはゼノスギルドの医務室ネ。奇跡的に全員生きてるヨ」
「ゼノスの……医務室……」
シャオさんの言葉で、ようやく現在の状況が頭に追いついてきた。
ゆっくりと首を巡らせて部屋を見渡すと、僕が寝ているベッドのすぐ隣には、顔までミイラのように包帯でぐるぐる巻きにされたデリクさんが、規則正しい寝息を立てて眠りこけていた。
ひどい怪我だ。僕の記憶が途切れた後も、彼らがどれだけの死闘を繰り広げ、僕をアルテアの元まで繋いでくれたのかが、痛いほど伝わってくる。
「……あ!アルテア!アルテアは無事ですか!?」
一番大切な記憶がフラッシュバックし、僕は身を起こそうとして激痛に顔をしかめた。
「落ち着くアル。あの子なら……ちょうど来た、ネ」
シャオさんが、医務室の入り口の扉の方を顎でしゃくった。
その言葉と同時だった。
ガチャリ。
少しだけ重たい扉が静かに開き、ふわりと、見慣れた銀糸の髪を揺らす少女が病室に入ってきた。
「——コータ。目覚めたか」
氷のように透き通った瞳。
かつて世界を滅ぼしたとされる、恐ろしい神の遺物。
でも、僕にとっては、ちょっとだけ機械人形な、放っておけないただの女の子。
彼女の顔を見た瞬間、僕の心は嬉しさや安堵、これまでの恐怖や申し訳なさなどが一気に押し寄せて、ぐちゃぐちゃにかき乱されてしまった。
何がなんだか、自分でも感情の処理が追いつかない。
「アルテア……アルテアぁぁ……っ!!」
気づけば僕は、激痛の走る体に鞭を打って身を起こし、ベッドの脇まで近づいてきたアルテアの小さな体を、力いっぱい抱き寄せていた。
「あら、まぁ……うふふ」
「積極的ネ!コータ!」
後ろでクローディアさんとシャオさんが何やら冷やかしているが、そんなのはもうどうでもよかった。
ただ、目の前の少女の冷たい肌の感触が、無事に取り戻せたという現実が、心から嬉しかったのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!アルテアぁっ……よかった……本当に、よかったぁっ!アルテアアァァ!!」
僕はもう、男のプライドも何もかも投げ捨てて、子供のように顔をくしゃくしゃにして大号泣してしまった。
とめどなく涙が溢れて、アルテアの肩口を濡らす。
「……コータ。拘束するな。身動きが取れない」
僕の腕の中で、アルテアが相変わらずの無機質な声で、迷惑そうにそう告げた。
だが、その声の響きは、どこか今までよりもほんの少しだけ……温かいような気がした。
「うあぁぁぁぁぁぁ……!よかったネ……!よかったアルネ……うぇぇぇぇ……っ!!」
ボロボロになって泣きじゃくる僕を見て限界を迎えたのか、冷やかしていたはずのシャオさんまで、顔を両手で覆ってウワァァンと泣き出してしまった。
医務室の片隅で、少女を中心に大人二人が顔をくしゃくしゃにして大泣きするという、傍から見れば少し異様な光景。
そんな中、僕の腕の中に閉じ込められたアルテアは、瞬きを一つして、ポツリと、誰に言うでもなく呟いた。
「——だが、不快ではない」
それは、ただの機械人形だった彼女の心に、はっきりと『何か』が変わり始めている、確かな予感。
僕の涙が、さらに止めどなく溢れ出そうとした、その時。
「…………うるせぇぞ!怪我人の横でぎゃーぎゃー喚きやがって!」
僕の後ろのベッドでミイラ男になっていたデリクさんが、目覚めるなり血管をブチ切れさせんばかりの怒号を医務室中に響き渡らせた。
「わっ……!? す、すみませんデリクさん!」
僕が慌ててアルテアから離れると、シャオさんもハッとして涙を拭い、クローディアさんは「あらあら」と微笑んでいる。
こうして、僕とアルテア——そしてギルドの仲間たちの、イグニスを舞台にした長くて過酷な戦いは、賑やかな笑い声と共に幕を閉じたのだった。
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