第30話:全身を穿つ赤針
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「……ギルドの執行者も、所詮はこの程度か」
嘲笑すら含まれない、事実を述べるだけの声。
パァンッ! パァンッ!
「ぐぅっ……!へっ、寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ。そんな豆鉄砲の玩具じゃあ、俺の命は取れねぇぜ……!」
血を吐きながらも嘯くデリクは、不敵な笑みを崩さない。
そんな彼の強がりに対し、一瞬姿を見せたアッシュが、冷酷な目で手元を下ろした。
「そうか。……なら、これならどうだ?」
デリクの視界――その前方に不意に現れたアッシュは、無表情のまま、懐からピンを抜いた『何か』を取り出し、ふわりと上方へ向けて投げ込んだ。
それは、大講堂の天井に届きそうなほど高く放り投げられ、重力に従って落ちてくる。
カツン、コロン……コロコロ……。
二度、三度と瓦礫に跳ね返り、それはデリクの足元のすぐそばに転がってきた。
黒くずんぐりとした、掌大の金属の塊。
「なっ……」
これまでの超高速の射撃戦から一転して。
あまりにもゆっくりとした、しかし確実な「死」の気配。
デリクは、自らの足元に転がってきたその凶器から、意識を逸らすことができなかった。
「デリク! だめっ、下がって――ッ!!」
エレーナの悲痛なさけびは、続く轟音によって掻き消された。
――ズドォォンッ!!
大講堂を揺るがす、二度目の大爆発。
アッシュが投げ込んだのは、魔力を圧縮したイグニス製の『魔導手榴弾』だった。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
間一髪、身を翻したデリクだったが、爆風の直撃は免れなかった。
だが、悪夢はそれだけでは終わらない。
爆発の炎が吹き荒れる中、わずかに体勢を崩したデリクへ向けて。アッシュは微動だにせず、冷徹に照準を合わせ――引き金を引いた。
パァンッ! パァンッ!!
「がっ、はぁっ――ごはぁっ……! くそっ……!」
鈍い音とともに、デリクの巨体が大きく揺らぐ。
爆発への対処で一瞬集中力が削がれ、張り巡らされていた魔力防壁が薄くなった箇所。
そこを、正確に撃ち抜かれたのだ。
「デリク……!嫌っ、デリク……!」
デリクの肩口、そして太腿から、おびただしい量の鮮血が噴き出す。
震えるのを気合でなんとかこらえ、両足で立ち上がっているものの、連戦による疲労の色と、明らかな失血による震えは隠しきれない。
「……これで終わりだ」
◇
「はぁっ、はぁっ……はぁっ……!」
僕の息は、肺が焼け切れるかと思うほどに乱れていた。
後ろから付いてくるサイラスさんも、もはや言葉を発する余裕すらないほど疲弊している。
デリクさんたちがあいつを引き付けてくれたおかげで、僕らは無事にここまでたどり着くことができた。
(ここだ……!ついに、アルテアの反応までたどり着いた……!)
目の前には、これまでの無機質な扉とは意匠が違う、重々しく豪奢な装飾が施された両開きの扉があった。
この奥に、アルテアがいる。
僕は両手で力任せに、その扉をドンッと押し開けた。
――開け放たれた先は、司令部の中枢。
巨大なガラス張りの窓から、ヴォルカニアの街並みと黒煙を見下ろせる、広大な司令室だった。
「…………」
そして。
部屋の最奥、最も高い場所に設置された豪奢な執務机。
そこに、ひどく冷め切った、鋭い鷹のような目をした軍服の女性が、足を組んでゆったりと腰掛けていた。
直感で、この女がただの兵士ではないと悟る。
彼女の周りだけ、世界の温度が数度低くなっているかのような、背筋が凍りつくような威圧感。
「見事だ」
彼女は、静かに言葉を発した。
「エンバーとアッシュ。あの二人の猛攻から逃れ、ここまでたどり着くとは……ギルドの共同体も、捨てたものではないな」
手元のワイングラスを傾けながら、彼女は退屈そうに僕たちを見下ろす。
その威圧感に僕の両足が、ガクガクと音を立てるように震えている。
「……申し遅れた。私がこの火刻帝国イグニス、そして軍の総司令官……イグナートだ。歓迎しよう、コータ君」
彼女はゆっくりと立ち上がり、執務机から降りて、僕の方へと数歩近づいた。
逃げ出したい。
今すぐ尻尾を巻いて、サイラスさんと一緒に来た道を戻りたかった。
彼女が放つプレッシャーは、それほどまでに圧倒的で、どう逆立ちしても僕が勝てる相手ではないことを、本能が理解していた。
それでも。
僕は、震える足を無理やり床に固定し、彼女の冷酷な瞳を真っ直ぐに睨み返した。
ここには、取り戻さなきゃいけない、大切な友達がいるんだ。
乾ききった喉から、必死の思いで声を絞り出す。
「あの子を……返してください」
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