第29話:灰髪の弾丸が舞い踊る
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デリクたちが飛び込んだその部屋は、軍司令部内部の『大講堂』だった。
数千人の兵士を収容できるほどの広大な空間。
すり鉢状に何百、何千もの座席が階段状に規則正しく並べられており、その最下部には、上官が演説を行うための巨大な演壇が鎮座している。
デリクが引き起こした破壊の余波により、無数の座席は粉砕され、大講堂全体に分厚い粉塵が立ち込めていた。
やがて、少しずつ視界が回復し始める。
瓦礫の山となった演壇のさらに高い段上――大講堂の中腹あたりで。
「……逃げられたか……」
軍服をお手本のように着用し、完璧な姿勢で魔導銃を構えたままの男――アッシュが、抑揚のない声で呟いた。
彼の灰色の髪が、換気システムに吸い込まれていく粉塵の風に靡いている。
「……だが、問題ない。残った標的をすぐさま始末し、その後で逃げたネズミを拘束すればいいだけだ。――解放」
アッシュがそう短く呟いた瞬間。
彼の足元に、異常な密度の光が集束し始めた。
「なっ……!?」
後方で支援を続けていたエレーナが、信じられないものを見たかのように息を呑む。
アッシュの足元、そして彼が両手に構えた魔導銃から、幾何学的な魔導回路の紋様が赤く浮かび上がったのだ。
「解放……!?単独で……どうして……」
エンバーが持っていたのと同じ、イグニス式魔導演算回路。
イグニスが誇る技術の粋が、アッシュの『魔導靴』と『魔導銃』に組み込まれているのだ。
「オイ!驚いてる暇はねぇぞ、くるぜ!……っていねぇっ!?どこだ!」
デリクが油断なく構え直し、アッシュに向かって踏み込もうとした。
だが――先ほどまでアッシュが立っていたはずの段上には、煙が晴れていく空間があるだけで、誰の姿もなかった。
デリクがきょろきょろと血走った目で辺りを探る。
彼が獣特有の勘で『真横』に気配を察知した時には、もう、そこには誰もいなかった。
(速すぎる……!なんだあの異常な機動力は!)
アッシュの装備する『魔導靴』。
それは、ただの身体強化ではない。魔導演算回路によって引き出された魔力を、純粋な『機動力』と『反発力』へと変換する兵装である。
階段状になっている大講堂の地形が、彼にとっては完全な三次元の射撃場と化しているのだ。
座席の背もたれを足場にし、壁を蹴り、天井付近の梁へと跳躍する。
近接での肉弾戦を得意とするデリクにとって、絶対に追いつけない空間を飛び回る射撃手は、とことん相性が悪い相手だった。
「遅い……」
虚空から、冷たい声が降ってくる。
パァンッ!!
「ぐぅっ……!」
気づいた時には、デリクの背中に鋭い痛みが走っていた。
背後だ。背後に回られた。
銃弾は肉塊を抉ろうとするが、デリクの全身に張り巡らされた魔力による『鎧』が、ギリギリのところでそれを弾き返していた。
(チィッ!魔力を身体に回してなかったら、今の一発で背骨ごと持っていかれてたかもな……)
冷や汗を流しながら、デリクはさらに身構える。
(だが、くそっ……! 姿が見えねぇ!! どこから撃ってきやがる!)
パァンッ! パァンッ!!
右から。次は左斜め上から。
まるでアッシュの姿がブレているように錯覚するほどの超高速移動。
「ぐぅ、がっ……!」
「デリクッ!」
一瞬の死角を突かれ、銃弾がデリクの急所を逸れた手足の皮膚を掠める。
ポタポタと、大理石の床に血の染みが広がっていく。
「うるせぇ!お前は絶対に顔を出すんじゃねぇぞ、エレーナ!」
デリクは次々に襲い掛かる死角からの銃弾を捌き続けた。
致命傷には至っていない。デリクの反応速度と強靭な肉体、そして魔力による防護があってこその芸当だ。
だが、それでも。
絶対的な位置取りの有利を持ったアッシュの攻撃によって、デリクの体力と魔力は、紙やすりで削り取られるように着実にすり減っていった。
エレーナや自身の急所を守るので精一杯であるデリクは、反撃のための次の一手が出せずに、その場に完全な防戦を強いられていた。
ガチャッ、カランカラン……。
静まり返った大講堂に、アッシュの魔導銃から空の薬莢が排莢され、床を転がる音がひどく冷たく響き渡る。
「……ギルドの執行者も、所詮はこの程度か」
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