第125話:路地裏のこっそり交渉術
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「――というわけで、ギュスターヴ支部長から直々に、依頼が…」
ホテルに戻った私は、自室のソファにぐったりと体を預けながら、コータさんに事の顛末を少しだけ愚痴るように打ち明けていた。
「なるほど、裏社会の組織と『交渉』か…。それは確かに、難しいね」
コータさんは苦笑いしながら、淹れてくれた温かいお茶を私の前に置いてくれる。
「でも、ニーナさんならきっと大丈夫だよ!それに、何があってもジリウスが隣に付いてるわけだしさ」
「肯定。ニーナ、指示があればいつでも抹消が可能です」
「うふふ、ジリウスさん、それ絶対に分かってて言ってますよね?」
生真面目な顔でまた物騒な殲滅案を出してきたジリウスさんに、私は思わずクスクスと笑ってしまった。今のジリウスさんは、私の反応を予測した上で、あえて場を和ませるような冗談を言っているように見える。
いつか彼が、人間の「感情」というものを心から理解する日が来るのも、そう遠くないのかもしれない。
「実は、僕もマクシミリアンさんから別件でちょっとした依頼を受けていてね。お互い、やれることを頑張ろう」
「はい!コータさんも頑張ってくださいね」
私たちはギルドという組織に共同体として登録している身だ。しっかりとお仕事をして、お給料を稼がなきゃ生きていけない。
…よし、気合を入れ直して頑張ろう!
◇
依頼の日までは、あと数日ある。
それまでの間、私は相手がどんな組織なのか、そしてどれほど深くこの街に根を張っているのかを自分自身の目で確かめるため、ジリウスさんと一緒にリュミエールの『裏路地』へと足を運んでいた。
そこは、表通りの華やかな美しさが嘘のように、昼間だと言うのに薄暗く、じっとりとした空気が張り詰めている。壁には不気味な落書きが躍り、路地裏の物陰からは、いかにも怖そうなお兄さんやお姉さんが時折ギラついた視線で声を掛けてきたりする。
正直、ジリウスさんがいなければ、とてもじゃないけれど一人では一歩も歩けないような場所だった。
「おい、そこの姉ちゃん。ちょっといいかい」
不意に、濁った目をした、見るからに不健康そうな身なりの薄汚れたおじさんが、物陰からぬっと這い出るようにして声を掛けてきた。
「は、はい……私、ですか?」
思わずジリウスさんの服の裾をギュッと握りながら、一歩身を引く。
「そうそう。何だか随分と不安そうな顔をして歩いてるねぇ…。見たところギルドの職員さんのようだが、どうだい、仕事が上手くいかなくて疲れてるんじゃねぇのかい?」
「まぁ…それは、否定できませんけど…」
事実、数日後の大役に胃が痛くなりそうだった私は、曖昧に言葉を濁した。すると、おじさんは怪しげな笑みを浮かべ、懐から小さな革袋を取り出した。
「だったらさ、この『おくすり』で一発、楽になれるよ…。どうだい、今なら安くしとくぜ。一袋、銀貨1枚でいい…」
そう言って見せてきた革袋の隙間からは、怪しい白い粉が覗いている。
絶対に、ヤバめのお薬だ。
(…待てよ?こういう怪しい密売人さんがこんな路地裏にいるってことは、これもやっぱり、元締めの大きな組織が裏で糸を引いてたりするのかな…?)
私がそんな風に、交渉の手がかりを求めて思考を巡らせていた、その時だった。
隣にいたジリウスさんはおじさんの手から革袋をひったくる。
そして、あろうことか、がぁと大きく口を開けて【怪しい白い粉】を全て口の中へと流し込んでしまったのだ。
「ちょ…ジリウスさん!?ええぇっ!?何やってるんですか!」
私はあまりの衝撃映像に、裏路地であることを忘れて頭を抱えて絶叫した。
「おいおい、何すんだよ兄ちゃん!死んじまうぞ!?」
おじさんも、まさか目の前の青年が、ドラッグを一気飲みするとは思わなかったらしく、顎が外れんばかりに驚愕している。
ジリウスさんは、白い粉をモグモグと冷静に咀嚼し、喉を鳴らした。その直後、彼の瞳の奥が一瞬だけ明滅する。
「――ニーナ、この粉末は『テトラヒドロカンナビノール』を主成分とした、人間の脳内神経物質に深刻な幻覚および依存性を引き起こす、所謂『麻薬』に分類される毒物です」
「あわわ、ま、麻薬?いや、売り物を勝手に食べちゃ…ってそういうことじゃないよね…」
突然の出来事に混乱してしまってどう注意すべきか迷ってしまう。
いや、でも麻薬か…。
不意に一つの疑問が浮かんだ。
「あ、…ジリウスさん、それって…、このおじさんが、個人でこっそり作れたりするものなの?」
「――完全否定。この純度の麻薬を精製するには、高度な蒸留・ろ過施設が必要不可欠です。つまり、個人の手内職などではなく、極めて組織的に製造されたものであると推測されます。目の前の個体は、末端の『売り子』に過ぎません」
「組織的…。やっぱり、これも『クルセル・ダジュール』が関わっている可能性が高い、ってことだよね…」
私が小さく顎に手を当てて呟くと、ジリウスさんはその冷徹な視線を、じっと目の前のおじさんへと移した。
その瞬間、おじさんの顔がみるみるうちに蒼白になっていく。
「ひっ…な、なんだよお前ら!買いに来たんじゃねぇのかよ…!お、俺はただの売り子だよ、なぁ、頼むから見逃してくれよぉ……っ!」
ガタガタと膝を震わせ、その場にへたり込んで言い訳を並べ立てるおじさん。
私はそんなおじさんの前にゆっくりとしゃがみ込み、できるだけ安心させるように優しく微笑みかけた。
「安心してください、おじさん。私たちは、あなたを捕まえに来たわけじゃありません」
「え……?」
「はい。その代わり――ちょっとだけ、あなたのお仕事について、お話を聞かせてもらえませんか?」
裏社会の巨大な陰。
もしかしたら、おじさんから少しだけ糸口を見つけられるかもしれない。
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