第124話:光の街の裏事情
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ギルド・リュミエール支部。
その奥に佇む、上質な木材で作られた重厚な支部長室の前に、私とジリウスさんは立っていた。
(ギルドの支部長さんが直接頼みたいことってなんだろう……)
高まる緊張を落ち着かせるように小さく息を吸い込み、私は扉をノックした。
『――入りたまえ』
中から聞こえてきたのは、若々しくも威厳に満ちた男性の声だった。
「失礼します…」
ガチャリと静かに扉を開けて、私たちは部屋へと足を踏み入れた。
部屋の奥、大きな窓から差し込む光を背に、ダークグレーの艶やかな長髪を緩やかに靡かせ、仕立てのいいギルドの制服を完璧に着こなした男性が佇んでいた。
支部長さん…だろうか。彼は私たちの姿を認めると、すっと椅子から立ち上がった。
「待っていたよ。…まあ、そう堅くならずに座りたまえ」
彼に促され、私たちは来客用の柔らかな革張りソファへと腰掛けた。男性もまた、流れるような美しい動作で私たちの対面へと腰を下ろす。
「申し遅れたね。私はギルド・リュミエール支部の支部長を務めている、ギュスターヴだ。よろしく頼むよ、ニーナさん、そして、ジリウスさん」
「は、はい…! よろしくお願いします、ギュスターヴさん」
「よろしく、ギュスターヴ」
どこか自信に満ちあふれた、高圧的とも取れる態度。けれど、決して嫌な感じはしない。
その言葉の端々からは、この支部を統べるリーダーとしての確固たる矜持と、圧倒的な優秀さが滲み出ていた。
ギュスターヴさんは卓上の書類に視線を落とした後、真剣な眼差しを私へと向けた。
「今回、わざわざ君たちだけを個別に呼んだのは他でもない。ギルドとして、どうしても君にしか頼めない、ある重要な依頼をお願いしたくてね」
「私にしか頼めない、依頼…ですか?」
思わず自分の胸に手を当てて聞き返す。そんな私を見て、ギュスターヴさんは小さく息を吐き、組んだ両手に顎を乗せた。
「御存知の通り、今、我々ギルドを取り巻く状況は極めて逼迫している。あの太陽事件の戦後処理、それに伴うイグニスの復興支援、暗躍する例の『仮面の男』、不穏な動きを見せる教団、さらには世界各地で活発化している魔物の対処…。今、ギルドが目を向けるべき、そして戦力を割くべき事象はあまりにも多すぎるのだよ」
「…」
ギュスターヴさんの口から語られる深刻な国際情勢。その発端となった『太陽事件』の当事者の一人として、私はなんとも言えない申し訳なさと、強い責任感を感じずにはいられなかった。
「もちろん、市民の治安維持も我々ギルドの務めだ。だが…この美しきリュミエールでも、いよいよ陰が陰として隠れきれなくなってきている」
「陰…あのギャングたち…?」
「ご明察」
ギュスターヴさんは薄く微笑み、どこか苦々しげに頷いた。
「『クルセル・ダジュール』…リュミエールの裏社会を牛耳る犯罪組織だ。最近は彼らの動きが活発化しており、白昼堂々、街中でも小さな衝突や騒動が絶えず起こっている。ギルドとしても、これ以上は放置できず、何らかの対処をせざるを得ない危険な状況なのだよ」
大袈裟に肩をすくめて見せるギュスターヴさん。
すると、私の隣でふわりと浮いていたジリウスさんが、その瞳の奥を一瞬だけギラリと光らせた、ような気がした。
「ギュスターヴ。つまり、その『クルセル・ダジュール』の構成員および拠点を、塵も残さず物理的に抹消する、という方針でよろしいでしょうか」
「ちょっとジリウスさん!?相変わらず発想が怖いよ!」
いつもの生真面目な顔で、とんでもないジェノサイド案を提案したジリウスさんに、私は慌ててツッコミを入れた。
対面のギュスターヴさんは、怯えるどころかクスクスと楽しそうに肩を揺らした。
「ふふ、ジリウスさん、君は冗談が上手いね。分かっていて聞いているのだろう? …いや、本当にそれで全てが解決して済むのであれば、我々としてもどれほど簡単だったか」
「…と、言いますと?」
二人の会話についていけず、私だけがポツンと置いてけぼりにされたような気持ちになって、小首を傾げた。
ジリウスさんは私の方へわずかに顔を向けると、噛み砕いて説明してくれた。
「ニーナ。『クルセル・ダジュール』は、おそらく単なる街の不良の集まりではなく、中規模から大規模にまで肥大化した、歴史ある裏の組織です。彼らは犯罪組織ではありますが、同時に、街の物流や一部の経済、あるいはギルドの手の届かない街の秩序など、社会の『一端』を歪な形で担ってしまっている場合があります」
「その通りだ。素晴らしい分析だよ、ジリウスさん」
ギュスターヴさんが深く頷き、ジリウスの言葉を引き継ぐ。
「だからこそ、ギルドの精鋭共同体を集めて、彼らの本拠地にドカンと派手な一撃を叩き込んで壊滅させる、という訳にはいかないのだよ。裏社会のバランスが一気に崩壊すれば、それこそリュミエール全体の治安が、今以上に最悪な形で破綻しかねない」
「あ…」
恥ずかしながら、私はそこまでの社会の仕組みを想像できていなかった。
反社会組織だから、悪い人たちだから、ただ力で壊滅させればいい――という単純な話ではないのだ。社会の「裏」に組み込まれてしまっている以上、そこを無理に引き剥がせば、表の世界まで大怪我をしてしまう。
「え、じゃあ…。戦って倒すのがダメなんだとしたら、今回の、私への依頼って一体…?」
ごくり、と唾を飲み込んでギュスターヴさんを見つめる。
彼は優雅に指を組み、真っ直ぐに私の目を見て、その重要な役割を口にした。
「ニーナさん。君には、その組織『クルセル・ダジュール』との、直接の交渉をお願いしたい」
「こ、交渉…っ…!」
政治や裏社会の交渉なんて、ただの大学生の私にできるわけがない。
「そう、交渉だ。もう理解してもらっていると思うが、今のリュミエールは『力』だけでは上手くいかない。そこで、平和的な対話が必要になる。…実は、私は先日の、あのイグナートの裁判を傍聴させてもらっていてね」
ギュスターヴさんは目を細め、笑みを浮かべた。
「恐怖の象徴たる彼女に対して、君は『彼女を赦す』と言い放ち、復讐の連鎖を止めるための道を模索した。法や力、過去の罪に縛られず、今ある最善の未来のために言葉を尽くした君の姿勢に、私は深く感銘を受けたのだよ。一筋縄ではいかない裏組織相手にも、きっと互いが破綻しない『ちょうどいい落としどころ』を見つけられると思ったのだ」
「なる、ほど…?」
そこまで高く評価されていたなんて思いもしなかった。
でも、ギルドの支部長さんが、私のあの時の言葉をそんな風に捉えて、信じてくれているのは純粋に嬉しかった。
「まあ、安心してほしい。何も君一人だけに押し付けるつもりはないよ。君の他にも、裏社会の事情に明るい優秀な『協力者』にすでにこちらの要請を伝えてある。現地で落ち合って、共に作戦を進めて欲しい」
「わかりました…。私、精一杯頑張って話してみます!」
私が力強く頷くと、ギュスターヴさんは満足そうに椅子に深く背を預けた。
「ありがとう。君たちの吉報を、大いに期待しているよ」
こうして、私はジリウスさんと共に、リュミエールの美しい街並みの裏に広がる、深い『陰』の中へと足を踏み入れることになったのだった。
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